コンクリートは、世界で水に次いで消費量の多い材料です。コンクリートの主成分であるセメントは年間40億トン以上生産され、世界のCO2排出量の約8%を占めています。これは、航空産業が排出するCO2の約4倍に相当します。
セメントの製造工程では、大きく分けて2つのステップでCO2が排出されます。まず、石灰石を800℃以上に加熱して原料に含まれる炭素を分離し、酸化カルシウムとCO2を発生させる「脱炭酸」という工程があります。第2段階は、第1段階で得られた酸化カルシウムにケイ酸を加え、1300℃以上の炉で結合してクリンカーと呼ばれるセメント原料を作る工程です。セメント1kgを生産すると約1kgのCO2が環境に排出されますが、その半分は「脱炭酸」によるものであり、残りの半分は、炉を高温にするために必要な化石燃料の燃焼によるものです。
セメントは、アジアを中心とした新興国や途上国の建設需要により、今後も生産量の増加が見込まれており、セメント製造工程でのCO2排出量の抑制は喫緊の課題となっています。今回紹介するアメリカ合衆国のBiomason(バイオメイソン)は、炭酸カルシウムを生成するバクテリアを利用した「バイオセメント」による低炭素型コンクリート製造技術の開発を進めています。一体どんな会社なのでしょうか。詳しく見ていきましょう。
2022年2月には、シリーズCラウンドで6,500万ドル(約80億8000万円)を調達し、これまでの調達額は9,340万ドル(約116億1000万円)となっています。この資金調達ラウンドは、より環境的に持続可能な都市建設技術に投資する欧州企業2150が主導し、Celesta Capital、Hartree Partners、およびこれまでの株主Novo Holdings, Martin Marietta がリードしています。Biomason共同設立者兼CEOのGinger Krieg Dosier(ジンジャー クレイグ ドジャー)氏は今回の投資について、「バイオセメント技術の幅広い導入と商業化において重要なマイルストーンになる投資」と語っており、同社のバイオセメント技術の商業化に向けた戦略的ラウンドとして位置づけられています。
Biomasonは現在、バイオセメントを使用した初のコンクリート建材「Biolith®(バイオリス)」を米国と欧州で商品化しています。その他、米国国防総省の支援を受けて防波堤や海洋構造物の自己修復性・耐久性を高めるELMc(Engineered Living Marine Cement, エンジニアド リビング マリン セメント)技術の開発や、主に軍事用途で未舗装地の土壌を固め、ヘリコプターや垂直離着陸機の輸送効率を向上させる「Medusa(メデューサ)」プロジェクトにも参画しています。
Biomasonの最初の製品である「Biolith®」は、一般的なレンガのように成形されたコンクリート建材です。床材や壁材など内外装に幅広く利用でき、一般の石材に比べて軽いため、運搬や利用が容易です。また、従来の建材と全く同じように使用できるため、新たな工法や教育、道具は必要ありません。
Biolithの原料の85%は、リサイクルされた花崗岩です。この花崗岩を粉砕したものを骨材(注)として、Biomasonが培養するバクテリア、カルシウム、炭素、特殊溶液を加え、バクテリアによる炭酸カルシウムの生成を促進し、骨材を固化させることでコンクリートを製造しています。従来のコンクリートが完全硬化に約28日かかるのに対し、バイオマソンのバイオセメントは生後72時間で最終強度に到達します。従来のセメント製造工程のような脱炭酸工程や化石燃料の使用は必要なく、最終製品は従来のコンクリートよりも軽く、重量物の輸送に伴う二酸化炭素の排出も抑えることができます。
(注)骨材とはコンクリートやモルタルの原料の一つで、砂利や砂などのことを指しています。セメントが固まる際に発生する発熱や凝固後の収縮を抑える役割を果たし、完成したコンクリート総量の60~80%を占めています。
アパレル小売大手のH&M(エイチ アンド エム)は2021年6月、店舗の床にBiolithのコンクリートブロックを使ったタイル張りを計画していることを発表しました。
環境負荷が懸念されるファストファッション業界を牽引してきたH&Mグループは、自社ブランドに対する積極的なサステナビリティの目標を掲げています。その中には、2030年までにリサイクル素材や持続可能な方法で調達された素材を100%使用することや、2040年までに気候にプラスの影響を与えるサプライチェーンを構築することなどが含まれています。今回のBiomasonとのパートナーシップは、こうした環境目標の一環として締結され、両者は耐久性や防汚性といったニーズに対応するためにBiolithの改良を続け、2022年までに店舗への導入を行うとしています。
Biomasonのバイオセメントに注目を寄せているのは、民間企業だけではありません。
アメリカ合衆国国防総省高等研究計画局(DARPA)は、海水から栄養分を摂取する天然海洋バクテリアに炭酸カルシウムを生成させ、防波堤や海洋構造物の自己修復性・耐久性を高めるELMc(Engineered Living Marine Cement, エンジニアド リビング マリン セメント)技術のプロトタイプの開発をすすめています。
ELMc技術試験は実地試験で成功を収めており、DARPAの起業家プログラムにおいて同技術のさらなる市場分析と事業開発が進められています。
Biomasonは、同じくアメリカ合衆国国防総省の支援を受け、主に軍事用途で未舗装地の土壌を固め、ヘリコプターや垂直離着陸機の輸送効率を向上させる「Medusa(メデューサ)」プロジェクトにも参画しています。
この技術は未舗装の地表にバイオセメントを塗布することで地表を固める仕組みで、基地の土壌強化、侵食防止、粉塵軽減といった目的を達成することができます。現在これらのプロジェクトにおいて、バイオセメントのさらなる開発と応用に向けて、米空軍および米海兵隊との調整が進行しています。
Biomasonの他にも、セメント産業の低炭素化に向けて技術開発に取り組む企業が増加しています。例えばアメリカ合衆国ニュージャージー州に拠点を置くSolidia(ソリディア)は、セメント製造時に使用する粘土の使用量を増やし、石灰岩の使用量を減らすことで、排出される二酸化炭素の30%を削減することに成功しています。
また、カナダのノバスコシア州に拠点を置くCarbonCure Technologies(カーボンキュア テクノロジーズ)は、セメント製造工程で発生したCO2を回収し、鉱化することでコンクリート中に貯蔵する技術を開発しました。同様に、ノルウェーの大手セメントメーカーであるNorcem(ノルセム)も、2030年までに炭素回収・貯留技術を導入し、CO2排出量ゼロを達成することを目指しています。
続いて、カナダのケベック州に拠点を置くCarbiCrete(カルビクレート)は、コンクリートの原料としてセメントを鉄鋼スラグという製鋼の副産物に置き換えることで、セメント非使用のコンクリートを製造しています。
また、コンクリートの長寿命化によるCO2の削減にも注目が集まっています。例えば、バクテリアの働きによりひび割れを自己修復する製品、Basilisk(バジリスク)を生産・販売する會澤高圧コンクリートは2020年11月から製品を市場に投入しています。
いかがでしたか?Biomasonはセメント製造工程におけるCO2排出量を削減するために、バクテリアを活用したバイオセメントの技術開発を進めています。
セメント産業の低炭素化に向けた技術開発として他の新興企業においては回収したCO2を製品に注入したり、標準的な石灰石をCO2を排出しない別の種類の岩石に置き換えるなど、さまざまな方法で排出量削減の取り組みが進められています。しかし、Biomasonはバクテリアを利用しているという点でユニークだといえるでしょう。こうした技術が今後従来のセメント製造に取って代わる可能性はあるのでしょうか。今後の動向が期待されます。