建設の世界において設計者は、クライアントや設計・デザインに携わる設計者とも、その完成イメージを常に共有しておく必要があります。なぜなら、誤解があるままに建設が進んだ場合、その間違いを正すことにかかるコストが非常に高くつくからです。この問題に対して、これまでは主に3Dモデリングで制作したデータを使って対応してきましたが、やはりそれで伝わる情報量やリアリティには限度があり、長く悩みの種となっていました。
そこで2014年ごろから登場したのがVRを応用した技術。VR(Virtual Reality)とは、コンピュータでつくられた3次元空間を視覚と聴覚を通じ、疑似体験できる技術のことです。近年、スマートフォンやヘッドマウントディスプレイが広く流通し、VRコンテンツが様々な分野において活躍をみせており、その実用性から2021年以降さらに急拡大していくだろうと言われています。
そうしたVR技術の波は建設の世界にも取り入れられ始めており、様々な企業が開発に乗り出しています。本記事では、革命を起こすVR技術に更なるブラッシュアップし続ける企業、IrisVR(アイリスブイアール)についてご紹介します。
IrisVR(アイリスブイアール)はアメリカ・ニューヨークに拠点を持つスタートアップで、2014年に技術者のShane Scranton(シェーン・スクラントン)氏によって創業されました。同社は建築業界専門のVRサービスを提供しており、従来の3Dデータを数秒で読み取り、VRデータへと変換する技術力が話題となりました。あとはソフトが自動的にジオメトリを作成し、ゴーグルを装着すれば、まだ図面の段階でしかない建設物があたかも完成しているかのような体験をすることができるのです。
IrisVRはサービスの利便性が評価され、ペイパル創業者のピーター・ティールが運営するValar Venturesを中心とする投資家から累計で1370万ドルの資金を調達しています。どのようなサービスが評価されているのでしょうか?今回はIrisVRのサービスについて詳細にご紹介いたします。
建設業界におけるVR技術は、主に設計者が自らのイメージをクライアントや建設会社と共有する目的で使用されています。従来の3Dモデリングによるイメージの共有よりも、クライアントは高いレベルの完成イメージを認識でき、よりよいデザイン提案はもちろんのこと、致命的なミスが起きる前に間違いに気づくこともできます。
こうしたVRの持つ基本的な特性に加え、同社のサービスは更に設計者にとって実用性の高い機能をいくつも盛り込んでいます。
一つ目は、この時間操作。建設物は朝・昼・夜の時間の移ろいで全く違った表情を見せます。そこで同社のサービスでは、建設予定の位置情報を入力しておくことで、任意の時間帯の日照状況を演出することが可能に。朝日のあたり方や月の位置など、天気による見栄えを設計者も直感的に意識しながらデザインを進めることができます。
また、住居やレストラン、ホテルなど、眺望が重要視されるような建設物の場合は時間帯ごとの眺めを確認することも。このように、等身大のサイズ感で建物の中の環境を再現できるのが、VR技術の強みの一つだと言えます。
同社のVR映像は、BIM(建設物の3次元モデル)ファイルを基にして構築されており、建設物の躯体からインテリアに至るまでのレイヤーが数多く存在しています。そのため、同社のサービスではVRの体感中に好きなようにレイヤーの入れ替えや削除を行うことができ、まるでクラフト系のゲームのように建物のデザインを進めることができます。
大きな建設物のプレゼンテーションやイメージの共有で重宝するのが、この注釈機能。これを使えば、目の前にあるVR映像に、手元のリモコン操作によって図形やテキストを描写することができます。こうすることで修正や説明を忘れずにその場でメモしておくことができ、メジャーツールを使えば気になる扉の寸法を数字で表示してくれるなどの嬉しい機能も。従来の“ただ見るだけ”だったVR体験から一変、改変することができるのが同社のサービスの大きな魅力と言えそうです。そしてこれらの機能は、設計者のデザインツールとしてVR技術が活躍する未来を提示してくれています。
同サービスを導入するもう一つの大きなメリットは、大きな経費節約になるという点です。というのも、従来の方法ではUnityまたはUnrealゲームエンジンを使用してVRエクスペリエンスを作成するために、3Dモデルをプログラマーに送信する必要がありました。ただ、この作業の完了には約2〜3週間を要し、その上経費が最大7000ドルかかるケースも。
ところが、冒頭にも書いた通りIrisVRでは3Dデータを数秒でインポートし、すぐに没入体験可能なVRデータを作成可能です。これによって費用と時間のロスが大幅に削られ、企業としてよりよいサービスを展開していくことにもつながっています。
それでは、実際にIrisVRのサービスを業務に導入している企業の例をいくつか見ていきましょう。AnglianWater@OneAllianceは、イングランド東部(およびハートルプールウォーター)に暮らす600万人以上にサービスを提供しています。その事業内容は地域の水道本管と下水道ネットワークを改善する廃水処理センターの設計および建設で、高い品質を確保するために厳しい規制がかけられ、常に高いパフォーマンスが求められています。
このような効率化を求められる状況において、彼らが目をつけたのはより良いイメージの共有手段でした。というのも、初期段階での共有ミスによって起きる、現場での唐突なプラン変更が何より大きなコストとなっていると考えたからです。
IrisVRを導入した感想を聞かれ、AnglianWater@OneAllianceのCEO、TonyPalmer(トニー・パーマー)氏は「大きな効果を実感しています。VRを使用することで、プロジェクトのライフサイクルのかなり早い段階でクライアントのフィードバックを得ることが可能になり、結果として無駄とやり直しが削減されました。何より、VR空間にそのまま書き込むなどの直感的な操作が仕事を大幅に効率化させてくれたと思います」と答えていました。
SHoP Architectsはニューヨークに拠点を構える設計事務所。これまで、ブルックリンのバークレイズセンターなどをはじめとした、多くの有名な建物を設計してきました。そんな同社が仕事をしながら抱えていた悩みが、2次元のやりづらさだったといいます。
「建設という行為は明らかに3次元的であるにも関わらず、それを作り上げるツールはあまりにも2次元の制約を受けてしまうと感じていました。IrisVRのサービスを活用すると、3次元の状態を確認しながらデザインを進めることができて、より高いクオリティを実現させることができます」
こう話す同社は、建設物の意匠設計の段階からIrisVRのサービスを多く取り入れ、デザインツールとして重宝しているのだとか。VRの持つ可能性を感じさせてくれる、先進的な事例だと言えそうです。
VRで建設のプレゼン・デザインに革命を起こしつつあるIrisVR、いかがでしたでしょうか。設計者・クライアント双方にとって、こうした手法がスタンダードになる日もそう遠くはありません。目覚ましい発展を遂げる建設×VR技術の世界に、今後も注目していきましょう。