世界的な気候変動による災害件数の増加、災害の激甚化が指摘される中、企業や政策担当者の間で「災害レジリエンス」向上への取組みが模索されています。ここでのレジリエンスとは、適切な防災対策により社会機能を強靭化し災害被害を最小限に抑えること、そして災害被害からの社会機能の復旧時間を短縮することを意味します。そこで注目されているのが、サービスとしてのレジリエンス「RaaS (Resilience as a Service)」です。
元々「RaaS」とはシステムエンジニアリングの領域で使用されていた言葉で、システム障害を予測しシステムのレジリエンス向上を支援するサービスを指します。システム開発の現場で発生する障害は千差万別です。限られた経営資源の下でリスクを最小化するためには、全てのリスクに場当たり的に対応するのではなく、発生しうる障害とそれに伴うリスクを予測し、対応方法を決定する必要があります。そのために災害被害を定量的に評価するRaaSは必要不可欠なサービスだと言えるでしょう。
この発想を防災の現場に持ち込んだのが、災害予測、危機管理のRaaSです。例えば政府や企業、家庭が将来の自然災害によってどのような被害を受ける可能性があるか(=災害リスク)を定量的に予測し可視化できれば、将来のリスクを適切に把握することができます。RaaSの使用者はこの予測に基づいて保険や防災設備への投資計画、よりリスクの低い地域や設備への投資計画へと役立てることができ、将来の自然災害に対する被害を最小限に抑えることができるのです。
今回ご紹介するOne Concern(ワン コンサーン)はAIと機械学習により地震と洪水による災害被害を予測するRaaSソリューションを提供しているアメリカのスタートアップです。いったいどのような企業なのでしょうか。詳しく見ていきましょう。
One Concernは2015年にアメリカ合衆国シリコンバレーにて創業された企業です。「あらゆる災害による被害を最小化すること」をミッションとして掲げ、企業や自治体向けのRaaSソリューションを提供しています。2020年2月に日本での事業展開を正式に開始し、日本法人CEOとしてKPMGジャパン出身の秋元比斗志氏を起用しています。
One ConcernのCEO、Ahmad Wani(アマッド ワニ)氏はスタンフォード大学出身の構造工学技術者です。2014年にインド・パキスタンを襲ったカシミール洪水に自身が被災した経験から自然災害の被害を予測する学際的研究プロジェクトを開始しました。AIと機械学習を融合してビッグデータを解析するアプローチにより、ある地点の地形や建物のモデルをバーチャル空間で作成(デジタルツイン)し、将来発生し得る災害をシミュレーションする技術を開発しました。One Concernはこの技術を活用し、「地震」と「洪水」の二つの自然災害についてある地点の災害レジリエンスの定量的に評価するソリューションと、災害の発生が予測される時にどれほどの被害になるのかを予測する災害レスポンスのソリューションの二つのサービスを提供しています。
2020年8月には保険最大手のSOMPOホールディングスと戦略的パートナーシップを発表し、SOMPOグループから1500万ドル(約17億3000万円)の出資を受けました。さらにSOMPOグループとの間で今後数年間で総額1億ドルの調達計画が発表されており、2021年7月にはこの取引の一部として4500万ドル(約51億9000万円)の資金調達が実施されています。過去にはヘルスケア領域での資金拠出を行っているNew Enterprise Associatesやグローバル展開を見据えるスタートアップへの資金拠出を行うSozo Venturesなどから投資を受けており、これまでの資金調達総額は1億1920万ドル(約137億5000万円)にものぼります。
One Concernと戦略的パートナーシップを結ぶSOMPOホールディングスによると、One Concernの災害予測、危機管理プラットフォームは、自治体における災害時の住民サービス品質向上と企業のレジリエンス向上へと活用されています。
例えば災害発生時、自治体ではこれまでの経験則に基づいて避難計画が策定されていたり、現場からの通報や監視カメラの映像解析を通じた状況判断による避難指示等がなされていました。そこでOne Concernの災害予測に基づき最適な災害対応を実施することで、より高品質な災害対応が可能となります。
また企業に対しては、災害発生時のリスクに関する定量的評価を提供することで災害に対する設備投資の意思決定を支援し、企業レジリエンスの向上へと役立てることができます。ここでは、「社会が直面する未来のリスクから人々を守る」という価値を企業や自治体に提供し、その対価としてモデル/システム利用料を得ることで持続的なプラットフォームを構築していくことが目指されているのです。
One Concernの災害予測の特徴は、バーチャル空間にある地点の地形や建物のモデル(デジタルツイン)を作成し、複数の災害予測をシミュレーションすることができる点にあります。
まずは洪水被害予測モデルを見てみましょう。このモデルでは、降水量、気圧、風などの「気象データ」、堤防の位置、高さ、川幅などの「河川・堤防データ」、地形や水位等の「自然環境データ」、険金支払い時の調査データや自治体保有の建物に関する「建物関連データ」を入力データとして使用します。これらのデータに対し、河川氾濫モデル(河川の水位上昇による氾濫)、内水氾濫モデル(都市で発生しやすい下水道の処理能力超過による氾濫)、沿岸高潮モデル(海面の水位上昇による洪水)の3つのモデルでリスクを評価します。最終的には「浸水予測モデル」としてデータを統合することにより、「いつ」、「どこで」、「どのような」浸水被害が発生するのかをマッピングすることができます。
続いて地震被害予測モデルでは、地震による「地表面の揺れ」、物件種別や構造、築年数などの「建物の特性」、「地盤の特性」を、物理的被害を算出するための脆弱性関数に入力します。またOne Concernの独自の取り組みとして、過去の地震被害データやSOMPOグループが保有する保険支払い時のデータを教師データとすることで、被害予測精度を高めています。
また、One Concernは2021年8月に米国の全住宅物件の99%について物件データを収集・管理しているCoreLogic(コアロジック)と3年間のパートナーシップを発表しています。One Concernは、この情報を活用することにより気候の脅威に対して局所的な脆弱性をピンポイントで特定するためのシステムの改善に役立てることとしています。
One Concernは災害大国日本を重要な市場の一つとして考えており、2020年2月から日本への進出を本格的に進めています。One Concernの強みは、膨大な建物データや自然環境データを統合し、高精度の災害被害予測ができる点にあります。例えばアメリカではこのようなデータはオープンデータ化されており、One Concernは1.6億棟の建物データ、高速道路については270万箇所の区間データを保有しています。一方日本ではこうしたデータはオープンデータ化されていませんでした。
そこでOne Concernは、日本での事業進出に先立つ2019年3月に、SOMPOホールディングスと民間気象予報会社ウェザーニューズと業務提携し、熊本市でAIを活用した防災・減災システムに関する実証プロジェクトを開始しました。この実験ではSOMPOホールディングスの保有するデータだけでは実験に必要なデータが取得できず、最終的には熊本市と自然環境データと建物データ取得に関する協定を締結することで必要なデータを確保しました。
熊本市での実証実験を経て日本市場向けに調整された災害予測技術は、One ConcernのRaaSプラットフォームにてエンドユーザーである自治体や企業に提供されます。このプラットフォームでは、地震や洪水など複数の災害に関する予測を事前に取得することができ、避難行動や防災対策へと役立てることができます。
One Concernは将来的に、津波や台風、強風など、さまざまな災害に関する予測機能を追加していく考えを示しています。
いかがでしたか?One Concernは自治体や企業の災害レジリエンス向上のためのRaaSソリューションを提供しています。同社の災害予測技術には、ビッグデータを活用してバーチャル空間にある地点の環境を再現する「デジタルツイン」や、AIや機械学習を活用し過去の災害情報を教師データとして災害予測を行う技術が使用されていました。日本事業はまだ始まったばかりですが、今後の災害対応における活用が注目されます。