日本人は古くから、狭い部屋を有効利用する術を身につけてきました。例えば、江戸時代には四畳半の部屋に4人の家族が住んでいたと言われており、当時の人々はその小さな部屋を居間、寝室、さらには仕事場へと変化させることで生活を可能にしていました。
そして、それから数百年。その早変わりを自動でやってのける家具が登場したのです。まるでアニメの世界のような話ですが、2020年には日本で発売されることが発表されています。今回は、そんな夢のような家具を生み出したアメリカのスタートアップ”Ori”をご紹介します。
Ori(オリ)は2015年にアメリカ・マサチューセッツ州でローンチしたスタートアップ。創業者のラレア氏は、2011年からMITメディアラボの都市科学研究グループで研究者として、狭いスペースで広く暮らすアイデアを模索していた。彼らは、ロボット・建築・デザインをひとつに組み合わせたスマート家具を提供しています。その技術は、ワンルームをベッドルームへ、そしてリビングルームやオフィスへと自由にレイアウト変更することを可能にしました。
現在、彼らのプロダクトには、可動式のウォークインクローゼット「Ori Pocket Closet」、動く壁を作ることでワンルームに様々な役割を与える「Ori Studio Suite」、そしてベッドを天井に収納してソファスペースを作り出す「Ori Cloud Bed」の3つのシリーズがあります。
中でも動画の印象が強く、人々にインパクトを与えるのはおそらく「Ori Cloud Bed」でしょう。
ベッドは家具の中で最も設置面積が広く、別の家具を置くことを諦める大きな要因でもありました。「Ori Cloud Bed」は、これまでデッドスペースになっていた天井に目をつけ、狭い部屋でも大きなベッドを設置することを可能にし、空間の活用を実現しました。
Oriの家具は、本体についているコントロールボタン、もしくは専用のアプリを操作することで動かすことができますが、スマートスピーカーに話しかけることが最も効率的で、先進的な操作方法かもしれません。「アレクサ、ベッドを出して」と発すると、天井からベッドが降りてくる、などと聞くとまるで未来の出来事のようですが、これは手に入れることができる現実なのです。なお、停電の際はマニュアルモードで、手動で動かすことも可能です。
従来の空間活用ができるインテリアといえば、二段ベッドやロフトベッドなどが代表的ですが、それらは子どもや学生が使うものというイメージが強いのではないでしょうか?ハシゴを使って上り下りするのは面倒ですし、デザイン的に魅力がかけていたことが、人々のイメージに拍車をかけていました。
画像引用元:Ori公式サイト
Oriの革新的な点は、そのデザインです。便利さと洗練されたデザインを両立し、スマートかつアーバンな家具を作りだしました。デザインを手がけたのは、スイスのデザイナーYves Béhar(イヴ・ベハール)。彼はハーマンミラーやサムスン、ニベアなどのプロダクトデザインを手がる世界的な有名デザイナーです。Oriにおいても、そのロゴやアプリ、そして製品に至るまで、細部までこだわりをもったデザインを提供しています。
なお、この”Ori”というブランドの名前は、日本の折り紙からとったもの。一枚の紙から無限の形を作り出す折り紙のように、シームレスで自由な生活を楽しむというコンセプトが感じられます。
これまで静的であった家具が動きを持つことは、非常に革新的で、技術の進化を感じさせます。ですが、なぜこういった家具が必要とされるようになったのでしょうか。
答えは、先進国の深刻な都市化にあります。上記の図からも読み取れるように、2030年には、人口の80パーセント以上が都市に集中してしまう国がどんどん増えていく見通しとなっています。
アメリカのWebサイト”Science Daily”によると、現在世界の人口の約95パーセントが10パーセントの土地に住んでいるとされています。日本に住む人々にとって、東京は家賃が非常に高いことで有名ですが、香港やニューヨークはそのさらに上を行きます。イギリスの雑誌”The spectator”によると、香港の2つ寝室がある部屋の平均家賃は42.3万円。同程度の広さの日本の部屋の平均家賃の約2倍となっています。
このように、世界各地で急速に人口が増えており、人々が生活できる区域はさらに小さくなっていく見通しです。
画像引用元:IKEA Today
このような事情を踏まえ、Oriが次なる市場に選んだ場所が日本と香港です。日本でもおなじみであるスウェーデンの企業IKEAと共同開発を重ね、新シリーズ”ROGNAN”を発表しました。ボタン1つで、ワンルームをリビングルームからベッドルーム、またウォークインクローゼットへと変えることのできるものとなっています。約6畳の部屋にすっぽりと収まるサイズ感になっており、小さな部屋でも収納スペースと居住スペースを両立することが可能です。
2022年8月時点で、日本市場にはOriは進出しておりません
IKEAの新商品開発を担当するSeana Strawn氏は、「我々はずっと小さな居住スペースの問題に取り組んできた。最大の課題は収納と、やりたいこと全てをするためのスペースを見つけること。」と発表文の中で述べており、これらの課題は大都市においては特に大きなものであるとしています。
また、OriのCEOであるHasier Lerrea氏は、IKEAとの交渉は水面下で2年に渡り続いていたことも明らかにしています。彼は、2020年のコラボ商品発売はほんの始まりに過ぎず、次の世代に向けた、さらなるリビングスペースの開発を続けることに意欲を示しています。
家具に関する膨大なデータを持つだけでなく、世界各地に拠点があるIKEAとのコラボは、居住スペースの改革を猛スピードで世界中に広めることを可能にするかもしれません。
2020年に向けて新商品を発表したOriとIKEAですが、今後の日本での展望はどうなっていくのでしょうか。日本の生活スタイルにぴったり合った商品なだけに、手に入れたいと思う人は多いはずですが、マーケットを広げていくにあたって、いくつかの懸念が残ります。
まず、一つ目の懸念がその価格です。”ROGNAN”の価格は未発表ですが、同社で発売している製品”Ori Pocket”の最も安いモデルはアメリカドルで$5,990、日本円にして約65万円。ソファやベッド、デスクの役割を兼ねているとはいえ、6畳ほどのワンルームに住む人をターゲットとするのであれば高額と言えるでしょう。日本の家具量販店でもっとも安価なベッドを購入するのであれば、マットレスを含めて1万円ほどで購入ができることを考えると、少々ハードルが高いと言わざるを得ません。
組み立ての様子は3:18から
次に、組み立ての煩雑さにも不安が残ります。こちらの動画では、OriのCEO、Hasier Lerrea氏が実際に組み立てる様子を披露していますが、電気を必要とするだけに複雑な様子が伺えます。パーツも大きいため、慣れていない人が組み立てをすることは難しいかもしれません。また、物流にかかるコストも大きくなることが考えられます。
この2つの懸念の対応策として、家具付き賃貸物件として売り出すことが考えられます。ユーザーとしては、家具を購入する際の初期費用が抑えられますし、引越しをする際に家具の持ち出しがないため、バラして、組み立ててという作業を繰り返す必要もありません。物件のオーナーとしても、導入により部屋の面積を減らすことができるので、これまでと同じだけの家賃で、より多くの居住者を抱えることが可能になります。
同社のモーターが付いた動く家具システムは今や全米30都市の住居ビルの約500戸に導入されており、向こう2年でさらに数千システムが設置される予定。近年の住宅費高騰にともない、米国では多くの都市でマンションが比較的高額になっていることなどから、オリのロボット家具は、ニューヨークやロサンゼルス、サンフランシスコといったお決まりの大都市以外でも普及し始めている。
テキサス州フォートワースの住居ビル「コーホー・フォートワース」は、全54戸のうちの43戸に「Ori Pocket Studio」が装備されている。テレビ台、棚があり収納とベットが隠されている。「誰かが家に来たら、ボタンを押してぐちゃぐちゃのベッドやクローゼットを隠すことができる」と住人は語っている。
ウォール・ストリート・ジャーナルによると、住人は居住効率のよい物件に住むことで支出総額を抑えることができ、物件オーナーは小さな部屋を土地効率で考えたときに30%以上割高で貸し出し賃料収入を増加させることができる。
平均賃料 | 平均広さ | フィート単価 | |
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周辺エリア | 1450ドル | 600sq/ft | 2.4ドル |
Ori物件 | 1100ドル | 335sq/ft | 3.2ドル |
オリのシステムで最も安い「Pocket closet」は5000ドルで、約10秒で大型のたんすをウオークインクローゼットに拡張できる。天井にスライドさせるとその下に居住スペースが現れる「cloudBed」は、約1万ドル。
これまでにない新しい生活の形を生み出すスマート家具。家具はこれまでの歴史において、長いこと形を大きく変えてこなかった分野ですが、ロボティクスやIoTの進化に伴い、急激な変化の波を迎えています。中でもOriとIKEAとのタッグは、家具業界に新しい風を吹き込むことでしょう。家具が自動で動くこと当たり前になる日は、私たちが思っているよりも近いのかもしれません。