MEP(エムイーピー、機械、電気、配管)の設計は、建物の構造設計と並び、その住居・施設の性能を左右する重要な要素の一つです。
MEPの構成要素は、①消火、空調、排換気などの環境要因の制御設備、②電力供給設備、③上下水道や雨水排水設備など、数多くの設備からなります。ですが、これらMEPの設計が最適でない場合、工費や資材が余分に必要になり、エネルギーや資源利用効率が悪くなったり、更に将来の修理やメンテナンス、リノベーションの際にも余計なコストを生んでしまいます。
今回ご紹介するPillarPlus(ピラープラス)は、建物の構造に最適化されたMEPを、AIを用いて作成するサービスを提供しています。どのようなサービスなのでしょうか。詳しく見ていきましょう。
PillarPlusは、2019年1月にアメリカ合衆国カリフォルニア州で創業された企業です。創業者のNaman Kasliwal(ナーマン カスリワル)氏はインド出身で、PillarPlusはインドのムンバイにも拠点を置いています。2020年5月には投資会社のYコンビネーターから15万ドル(約1600万円)の資金調達を実施しています。
PillarPlusが開発したMEP設計サービスは、あるフロアの構造設計図をインプットするとAIがMEP設備の最適な設計を予測し、設計図としてアウトプットするという仕組み。これによって設計にかかる時間が大幅に短縮されるだけでなく、工費の見積もりも自動で行われるといいます。
設計図は2D、3Dのいずれも出力でき、また出力形式も印刷や視認性に良いPDFや、CAD(コンピューター エイデド デザイン)ソフトウェアのためのファイル形式に対応しています。フロア図面のインプットから最短で24時間(業界最速水準)で設計図を作成でき、創業から1年半で30以上のプロジェクトを完了しているといいます。
建物のエネルギー効率を最適化することは、省エネに繋がるだけではありません。MEP設備自体は設置のためのスペースをとりますが、最適な設計を行うことで人の使える空間が広くなり、さらに無駄な設備を省けば、工期の短縮にも繋がります。
例えば、建設作業の各工程間で設計のミスがあると、資材が互いに干渉してしまうことがあります。こうしたトラブルが発生すると作業を再度やり直す必要が生じるため、各工程における設計図をよく確認しなければなりません。
ですが、AIによる設計は様々な設計パターンをコンピューターが網羅的に検証を行うため、干渉が発生することはまず起こりえません。そのため、工事のやり直しがなくなり、計画通りの予算と期間の元でプロジェクトを推進できるのです。
PillarPlusの主要な顧客は、総合建設業者(以下ゼネコン)です。ゼネコンは契約を希望している建設プロジェクトを競争入札で落札するために、素早く適切な工事費を算定する必要があります。しかしこの見積もり作業は算定する項目が大変多く、多大な時間とコストがかかります。
同社のMEP設計ソフトウェアは、MEPの設計図の作成と同時に必要となる資材の設計数量(BOQ)も同時に作成することができるので、ゼネコンはこれらの情報を活用して適正な価格で入札を行うことができるのです。
同社の顧客の一つであるNimriti Studio(ニムリティ スタジオ)は、政府系のカンファレンスホールのMEP工事契約を獲得するために、MEPの設計図、設計数量(BOQ)の作成をPillarPlusに委託しました。競争入札までの期間はたった4日間でしたが、PillarPlusは24時間以内にそれらの資料を作成を行い、その後Nimriti Studioと現場での打ち合わせを経て、無事に競争入札への参加ができ、契約を獲得することができたといいます。
近年このように、AIを活用した工事費の見積もりを行う企業が増加しており、その中には以前当サイトでもご紹介した1buildがあります。
スマートシティ構想とは、IT(情報技術)を都市計画に活用し、水道ガス電気などのエネルギー効率や、医療や行政の処理能力を高めていく都市計画構想のことです。アメリカ合衆国においてはニューヨークやサンフランシスコ、ボストンなどの大都市で行政と企業が双方向から参加して計画を進めています。
PillarPlusはMEP設備の設計事業を、建物だけでなく都市インフラ事業にまで拡大することを目指しています。スマートシティ構想が推進される背景にはエネルギー効率最適化による「持続可能な都市開発」があります。その中でも特にMEP設計はエネルギー効率に大きく影響するために注目されているのです。
例えば街中に埋められている水道管や電気設備、ガス設備などは、これまで公的機関がその整備を担ってきましたが、スマートシティ構想ではこうしたインフラ事業にも民間事業者の技術力活用が期待されています。そのため、PillarPlusは将来的に、建物のMEP設備設計の中で培った経験を都市インフラにも活用できるよう、研究開発を進めているのです。
今回はPillarPlusのMEP設計サービスをご紹介しました。MEP設備は建物のエネルギー効率や利用者の使用感を決める重要な要素であり、同社のサービスはAIを用いてMEPの最適な設計を提供しています。
同社は現在、建設プロジェクトの契約獲得を目指すゼネコンを顧客として設計作成の委託事業を展開していますが、今後はスマートシティ事業への参入を目指しており、「持続可能な開発」への貢献がますます期待されます。同社の今後の動向に注目です。