全世界のエネルギー消費量において大きな割合を占めているのは、住宅や事業所のことを示す民生部門です。2019年度の最終エネルギー消費量の32.9%は民生部門によるものであり、これは輸送部門(同28.9%)、産業部門(同28.9%)を超える規模となっています(注)。国際社会全体でCO2の排出量抑制やエネルギー消費量の削減に向けた動きが進む中で、民生部門におけるエネルギー消費量抑制のための取り組みが必要とされています。
そこで注目されているのが、データに基づいてエネルギー消費の無駄を削減する仕組みである「スマートグリッド」です。スマートグリッドとは、消費電力のリアルタイムのデータを計測するための「スマートメーター」と呼ばれる機器を各家庭や事業所に設置し、詳細な電力消費データに基づいて社会全体のエネルギー消費量を効率化していく取り組みのことを意味します。
今回ご紹介するのは、住宅の配電盤に接続することで住宅の電力使用量をモニタリングするシステムを開発、運営するアメリカ発のスタートアップ、Sense Labs Inc.(センス ラブス、以下Sense)です。一体どのような企業なのでしょうか。詳しく見ていきましょう。
(注)経済産業省エネルギー庁(2022)「令和3年度エネルギーに関する年次報告 (エネルギー白書2022) 第2章 国際エネルギー動向」
Senseは2013年にアメリカ合衆国マサチューセッツ州で創業されたスタートアップで、個人住宅の電力使用量をモニタリングする製品「Sense(センス)」及び、太陽光パネルによって発電した電力を管理する製品「Sense Solor(センス ソーラー)」を開発、運営しています。2022年4月にシリーズCで1億2760万ドル(約168億2000万円)の資金調達を実施し、合計調達額を1億7460万ドル(約230億1000万円)としました。主要株主には、地球環境の持続性と社会課題の解決に貢献する事業を中心に投資実績のあるVolery Capital Partners及びBlue Earth Capitalが名を連ねており、その他Prelude Ventures、Schneider Electric、TELUS Ventures、My Climate Journey Collective、iRobot、Japan Energy Fundが参画しています。
主力製品「Sense」は、個人住宅の配電設備に取り付けたセンサーからエネルギー消費状況を記録し、クラウド上でSenseのAIが電力使用状況に関するデータを分析。顧客は分析データをモバイルアプリやPCから確認ができ、自宅のエネルギー消費量の管理に役立てることができます。
顧客が「Sense」を導入するメリットの一つは、顧客が自らのエネルギー消費の無駄を減らし、効率的なエネルギー消費計画を立てるためのデータとインサイトを得ることができることです。例えば住宅の電力消費のピークを、エネルギー価格の安い時間帯や電力網の負担が少ない時間帯にエネルギー消費をシフトしたり、不必要な電力利用の発生源を突き止めることで、無駄なエネルギー消費を抑制するということが可能になります。
さらに「Sense」のAIは電力ネットワークの中で何が起きているのかを特定します。例えば変圧器が腐食していたり、草木が電線にぶつかって漏電が発生している場合、AIが電力ネットワークの内部で異常が発生している場所を特定するのです。このようにしてSenseの製品及びAIを活用することで、顧客はより効率的にエネルギー消費量を削減することができます。
これまでのセンサーは住宅全体のエネルギー消費量を把握することはできますが、電気製品の個別の使用状況まで把握することは困難でした。しかし「Sense」では、AIで各電気製品を識別してそのエネルギー消費量を記録することが可能です。電気製品ごとに使用状況を把握することで、顧客は住宅内部のエネルギー利用を見直し、エネルギー消費の効率化に取り組むことができるようになるというメリットがあります。この仕組みの背景には、電力と電圧の波形から電気製品特有の「声」を聞き取る技術があります。
「声」を聞き分ける仕組みは次の通りです。上の画像はトースターの電力使用状況を波形で示したものです。この波形は単純な抵抗性負荷がかかっていることを示しており、電流が電圧と正確に一致し、かなり安定した関係にあることを意味します。
次の画像は白熱電球の電力使用状況を波形で示したものです。これも抵抗負荷なので、トースターの例と同じように電流は電圧に追従します。しかし、電球のタングステンフィラメントはトースターよりもはるかに速く加熱されるため、わずか数サイクルで使用電流が減少していきます。
最後の例は、CFL電球のものです。これは、電球に電力を供給する前にコンデンサーが充電される仕組みとなっており、いったん電流が起きると、波形は正弦波とはまったく異なるものになります。これは家庭内の電子機器によく見られる現象で、この波形の形状や立ち上がりが、Senseにとって重要な製品検出の手がかりとなります。
以上は電気製品の波形の一例ですが、Senseは各電気製品のさまざまな波形の組み合わせを調査し、それぞれの機器を検出するためのプログラムを継続的に開発しています。「Sense」は60ワット以上使用するほとんどの電気製品を識別可能で、設置後1カ月で12台の機器を検知し、12カ月後には25~30台の機器を検知します。ただし、住宅の状況により、検出される機器の数が多くなったり少なくなったりする場合があります。
Senseは住宅のエネルギー消費状況が一目で分かるアプリを提供しています。アプリは主に以下の4つの画面から構成されています。
Now画面の下半分にあるタイムラインは、Senseのアルゴリズムが発見した電気製品の過去の使用状況が表示されます。各電子機器をタップすると、詳細な使用状況や統計情報を取得したり、認識されていないデバイスを分類して名前を変更したり、通知を設定したりできます。
また、電気製品ごとのダッシュボード(緑色)と全体の使用量(グレー色)を表示させることもできます。特定の日の合計使用量をkWhまたは価格で表示することも可能です。1時間ごとのエネルギー使用量を確認することで、1日のうちで電力料金のピークが低い時間帯を利用して、使用量を調整するといった活用の仕方が考えられます。
さらに、各電子機器にはメーカー名とモデル名を追加することもできます。これは電子機器を識別する機能の精度を高め、Senseを使用しているコミュニティ全体で電子機器の検出精度を向上させることにもつながります。
アプリの四つ目の画面「アカウント」では、通知の設定やバージョンの管理、Wi-Fiの設定といった設定の確認ができます。また外部機器との連携を意味する「インテグレーション」機能の設定もここで行うことができます。
Senseはデスクトップブラウザから利用可能なWebアプリケーションも提供しています。Webアプリケーションはモバイルアプリで可能な機能をほとんど備えていますが、Senseのデータを他のデータ形式でエクスポートする機能など、モバイルアプリには実装されていない機能もあります。
Senseは現在、太陽光発電システムの有無やセンサー台数の異なる3つのパッケージを提供しています。基本的なパッケージは「Sense」で、月額299ドル(約4万円)で1ペアのセンサーが提供されます。電力使用量のリアルタイムでの確認や、AI及び機械学習による電気製品の識別機能も含まれています。
より大きな家庭では200Aの配電盤が2つ設置されている場合があります。この場合は月額349ドル(約4万6千円)で提供されている「Sense Flex」(センス フレックス)が候補となります。このパッケージには2台の配電盤にそれぞれ設置するためのセンサーが2ペア提供されます。さらに自宅に発電機がある場合や、大型のHVAC(空調装置)等のエネルギー消費量の大きな機器がある場合に対応したパッケージとなっています。
三つ目のパッケージは月額349ドル(約4万6千円)で提供されている「Sense Solar」(センス ソーラー)です。これは太陽光発電システムのある住宅向けに提供されているもので、「Sense」に太陽光発電システムの管理機能が付与されたものとなっています。
いかがでしたか?今回は、配電盤に接続するだけで住宅の電力消費をモニタリングし「スマートグリッド」に貢献するSenseをご紹介しました。Senseがこれまでのスマートメーターとは異なる点は、電気製品の個別の使用状況を識別してそのエネルギー消費量を記録することを可能とした点にあります。この仕組みの背景には、電力と電圧の波形から電気製品特有の「声」を、AIと機械学習によって聞き取る技術がありました。
現在Senseはアメリカ合衆国を中心に製品を展開していますが、今後イギリス、EU、中東、日本、オーストラリアで市場拡大を進めていく予定であるとしています。同社は今後どのように事業を展開していくのでしょうか。今後の動向が注目されます。