1963年Sketchpadが登場して以来、CAD (computer-assisted drawing)は建設業界の設計のあり方を革命的に変化させてきました。それまでは、アイデアを伝えるにはアナログな手書き図面を用いるのが主流でしたが、20世紀後半にはデジタル上で高度な情報処理が可能なCADが必要不可欠なツールとなっています。
CADが世界のものづくりにとって欠かせないものとなった現代、デジタルのデータをまるごと再現できる技術がまさに開拓されようとしています。3Dプリンタは、第二のデジタル革命として建築の作り方を圧倒的に進化させていくものとして、今世界に注目されています。
3Dプリンタを効率的に操作するためのソフト/ハードウェアを開発しているフランスのスタートアップ、XtreeE(エクストリー)。もともとはパリにある建築学校、Paris-Malaquais School of Architectureと、エンジニアリングスクールArts et Métiers ParisTechの共同研究からスタートしたこのプロジェクトは、今では大企業との連携をもとに多くの実績を残しています。
XtreeEのチームには、建築・土木工学・機械工学・コンピューター科学・材料科学・管理など、さまざまな知識を持つメンバーが揃っており、広い分野をカバーしています。
同社は、スイスに拠点を置くLafargeHolcim(ラファージュホルシム)から3Dプリンティング用の特殊なモルタルの提供を受けています。着色にも対応しており、3Dプリンティングだからこそ表現ができる曲線的なデザインや、細かく立体感のあるテクスチャが特徴です。また、日本においても、繊維製品の大手メーカークラボウ(倉敷紡績株式会社)が提携を結んでおり、建材市場が多品種少量生産への切り替えを迫られていることを踏まえ、意匠性が高い建物の外装材や景観材料の試作品の制作を進めています。
他にも3Dプリンティングを扱うスタートアップは複数存在しますが、中でもXtreeEの特徴は、扱う建設物の大きさにあります。これまでに参加したプロジェクトをいくつかご紹介いたします。
複雑な形が特徴的なこの支柱は、フランスのAix-en-Provence(エックス・アン・プロヴァンス)にある学校の遊び場の屋根を支えています。エクストリーは、2016年にプロジェクトを引き継ぎ、構造エンジニアリングオフィスのArtelia、コンクリートプレキャスト業者のFehr Architecturalと協力して、3Dプリンティングにて施工しました。
このパビリオンは、XtreeEがデザインし、ドバイで施工されたものです。コンクリートの殻で覆われた壁で全体を構成しており、それぞれの部品を逆さまに3Dプリンティングしてから現場で組み立てられました。屋根は穴あきコンクリートスラブでつくられています。
世界初の3Dプリントの革新的な人工リーフは、失われた生態学的生息地を回復することを目的として、カランク国立公園(フランス)に沈められました。エクストリーは、3Dプリンティングの技術を駆使して、地中海のもっとも豊かな生態系の一つであるサンゴ礁を模倣しています。サンゴ礁は海に生息する魚類、甲殻類、軟体動物など多くの生物にとっての避難場所です。3Dプリンティングは、未来の生態工学・修復プロジェクトに無限の可能性を見出しています。
XtreeEの提唱する情報統合プラットフォームは、デザイナー(設計者)・資材メーカー・施工者である建設会社の三者間でのやりとりを一つのサービスで提供しようとするものです。この三者を繋ぐ仕組みが、よりスムーズで容易な3Dプリンティングによる製品の提供を可能とし、3Dプリンティング技術の社会への浸透を促進していくことでしょう。
3Dプリンティングがもたらすメリットは主に以下の4点が挙げられます。
・デジタルデータをそのまま再現できる
・人材不足の解消
・廃棄資材の削減
・工期の短縮
3Dプリンティングにより、建設におけるデザインの幅は大きく広がりました。これまでは、特定の図面に“表記できるもの”がデザインし得る対象の限界でした。しかし、3Dプリンティングの登場により、これまで実現不可能だった有機的な造形や滑らかな曲面をデザインする新たなツールとして、人類の文化を塗り替えると予想されています。
また、造形の自由さだけでなく、施工を機械に任せ人手を必要としないことから、雇用不足の心配を解消します。加えて廃棄物も少ないため、環境にも優しい構法として、さまざまな場面での利用が期待されています。
高いデザイン性と、シンプルで効率のいい構築方法により、3Dプリンティングの需要はさらに高まる傾向にあります。
アメリカのメディア、Market Insightsによると、3Dプリンティングの建設市場規模は、2019年の300万米ドルから2024年までに1,575百万米ドルに成長すると予測されています。この間のCAGR(年平均成長率)は245.9%にも上る見込みです。
一方で、3Dプリんティングは非常に新しい技術です。安全性が検証不足なこともあり、法の壁を乗り越えられない場面に遭遇することがあるかもしれません。XtreeEは公共施設の柱を建設した際に、余白にセメントを流し込むことによって、こういった問題を乗り越えたとインタビュー記事で報告しています。
3Dプリンティング市場がさらなる飛躍を迎える鍵は、その安全性の検証と法律の変化にかかっているのかもしれません。
XtreeEは今年2019年に、アメリカのエンジニアリングコンサルティング会社Thornton Tomasetti(ソーントン・トマセッティ)から大規模な投資を受けています。「3Dプリンティングは未来のための技術ではない。もう現在すでに活用できる技術である。」とThornton Tomasettiの社長である Ray Daddazio(レイ・ダダツィオ)は述べました。
3Dプリンティングがもたらす建築の施工における変革期は、我々が想像するよりずっとすぐ目の前まで迫っているのかもしれません。