- 損害保険会社にとって「屋根」とは、損害評価が最も難しい財産の一つ
- 米国では、不動産の損害保険支払額の約40%が、ハリケーンや雷雨、雹(ひょう)、竜巻等の異常気象による損害に対する支払いにあてられている
- Betterviewは、保険会社向けに高解像度の航空画像から屋根の損害状況を分析するサービスを提供しており、損害保険料の正確な評価や早期の支払い、保険調停の回避を支援している
はじめに
InsurTech(インシュアテック)という領域で新サービスが続々と登場しています。これはInsurance(保険)とTechnology(テクノロジー)をかけあわせた造語で、保険業務をAIやIoTを活用することで効率化したり、新たな保険商品を開発する事業のことを指しています。特に注目されている事業としては、特定の業務にテクノロジーの導入を進めることで業務を効率化する事業や、ビッグデータを活用して将来の保険請求を予測し、保険料の決定や保険金請求の最小化に役立てるといった事業があります。
今回ご紹介するBetterview Marketplace, Inc.(ベタービュー マーケットプレイス、以下Betterview)は、航空画像の分析により、建物の「屋根」に特化して損害保険会社の保険業務を効率化するサービスを提供しています。一体どのような企業なのでしょうか。詳しくみていきましょう。
「屋根」の損害分析に特化するBetterviewとは?
Betterviewは2014年にアメリカ合衆国カリフォルニア州サンフランシスコにて創業されたスタートアップ企業です。2020年6月には保険や金融関連のテクノロジー企業を中心に投資を行っているManchesterStory Group(マンチェスターストーリー グループ)を筆頭に750万ドル(約8億2000万円)の資金調達を実施しており、これまでの資金調達額は合計で1560万ドル(約17億1000万円)となっています。
共同創業者のDavid Tobias(デイビット トビアス)氏は、保険業界の不動産検査を家業とする家庭に生まれたという経歴を持ち、どんな物件でも一番問題が多いのは屋根だということに気付いていました。米国では、不動産の損害保険支払額の実に約30~40%が、「屋根」に関連する支払い請求であり、この大部分が、ハリケーンや雷雨、雹(ひょう)、竜巻等の異常気象による損害から発生しているというのです。
屋根や屋外施設の情報を航空画像から分析
例えばBetterviewが2018年にリリースしたProperty Profile(プロパティ プロファイル)というサービスは、航空画像と機械学習を用いて、不動産や設備のデータを分析するというものです。
保険会社の悩みの種は、屋根や屋外施設で損害が発生した際に、それが被保険者の過失によるものか、自然災害によるものかを判断するための調査コストの高さにありました。被保険者が施設のメンテナンスを怠った結果として損害が発生した際でも損害保険請求がなされる場合がありますが、こうしたトラブルを防ぐためには、継続的な調査を行うことが不可欠です。
BetterviewのProperty Profileでは、過去の航空画像を機械学習によって分析することで、屋根や屋外施設の個数や配置だけでなく、サビや破損等を認識することができます。保険会社はこれらのデータを活用することで、損害保険請求を正確に裁定することができるのです。
Betterviewは主に2014年以降に有人航空機(解像度は7cm/pixel)により撮影された航空画像と、2000年以降に人工衛星(解像度は30cm/pixel)により撮影された航空画像を活用しています。現在までに、1世帯向け住宅から大型商業施設までを分析するサービスを提供しており、地理的にはアメリカ合衆国全土をカバーしています。
クラウド型ソフトウェアで保険業務を効率化
Betterviewは保険会社向けに、Web上で利用することができるクラウド型ソフトウェアを提供しています。本ソフトウェアでは、保険料の見積もりから保険請求に対する支払いまでの、様々な業務を行うことができます。
例えば見積もりの場面では、「不動産の航空画像の分析結果」や「地域の災害予測」、「現状評価額」、「不動産の特徴」、「測量結果」、「不動産の法的資料」、「不動産評価者による評価」などを組み合わせて、リスクのスコアリングを実施することができ、透明性が高く迅速に見積もり額を提示することができます。
またBetterviewのソフトウェアは視覚的に使いやすいUIが採用されており、保険会社は使用1日目から活用できるような工夫がなされています。
例えばAPIを活用することで他のソフトウェアとの接続性を高めたり、多くの損害保険会社が活用しているクラウド型ソフトウェアのGuidewireなどとの連携機能を搭載することで、既存業務への統合のコストを抑えているのです。
ハリケーンによる損害への保険支払業務における活用事例
2020年10月9日、最大風速時速101マイル(約45m/s)のハリケーンデルタが米国南部の湾岸に上陸しました。ハリケーンの上陸からしばらくの間電力供給が途絶え、交通が寸断された結果、被災地域に被保険者を抱えている保険会社は自社で被災状況の調査が開始できず、損害保険支払いができない状況となっていました。
Betterviewの情報源の一つである保険事業者のGeospatial Intelligence Center (地理空間情報センター, GIC)は、ハリケーンの通過後数時間以内に被災地域の上空に航空機を飛行させ、航空画像を撮影しました。Betterviewは複数の情報源を組み合わせ、今回のハリケーンデルタによる損害を確定するための分析調査を実施しました。
ハリケーンデルタの上陸地域は2017年のハリケーンイルマによる被害を受けていましたが、Betterviewのデータベースは高頻度で更新されており、以前のハリケーンによる被害と、今回のハリケーンによる被害を分別することが可能です。
Betterviewの顧客の一つである保険会社AmCap Insurance(アンキャップ インシュランス)は、Betterviewの分析データを活用した結果、被災地域の不動産の損害状況を現地での調査なしに確定することができました。また、調査コストや過大な支払いが抑制され、早期の損害保険支払いを行うことができ、さらに一契約あたりの支払額を平均約7,500ドル抑えることができたといいます。
このようにBetterviewは、災害時に損害保険会社が調査担当者をリスクにさらすことなく、正確かつ安価に保険請求金額を裁定することに役立っているのです。
まとめ
いかがでしたか?Betterviewが提供するソフトウェアは、不動産の「屋根」に関するリスクについて、直感的で実用的なデータを提供していました。保険会社はこれらのデータを活用することで損害率を抑制することができ、さらに被保険者は透明かつ迅速に損害保険支払いを受け取ることができるため、関係者の全員が自然災害のリスクに対して備えることができるのです。
フロリダ州では2021年に、暴風雨の多発を受けて大手の損害保険会社が地域の損害保険契約を解消したということが報じられました(注)。これらの企業判断は、保険会社の損害率を抑制し、収益性を高めるための判断として非難できるものではありませんが、住宅所有者の災害に対する脆弱性が高まってしまうという点で問題があります。Betterviewのようなインシュアテック事業者は、以上の問題に対して精度の高いリスク予測を提供することで、保険会社の収益性の向上と住宅所有者の保険カバー率の維持を両立させることができる可能性を秘めているといえるでしょう。
Betterviewはどのように事業を展開していくのでしょうか。今後の動向が注目されます。
(注)Market Watch “Betterview Enables Carriers to Take Proactive and Inclusive Approach to Mitigate Property Risk”