- 大気汚染による健康被害で、年間約870万人が亡くなっている
- Planetwatchは、市民が大気質測定端末を設置することで報酬を得られる仕組みにより、大気質監視ネットワークの構築を進めている
- Planetwatchはブロックチェーンを活用して、欧州と米国を中心に7万台以上のセンサーによるネットワークを構築している
はじめに
大気汚染は、人々の健康と気候の両方にとって最大の脅威の一つです。主な原因は化石燃料の排出で、最近の研究では、石炭、石油、ガスの燃焼が原因で毎年870万人近くが亡くなっており、これは全世界の年間死亡者数の20%に相当すると推定されています。(注1)
大気汚染が深刻な地域を特定し、その汚染を軽減するために必要なデータを提供するための鍵となるのが、大気質の監視です。現在の大気質監視ネットワークは、特に都心部において局所的な汚染のホットスポットを検出するのに十分な密度を有しておらず、特定された大気汚染を減らすためにどのような対策が最適かを評価することが難しくなっています。
そこで、高密度の大気質監視ネットワークを構築するために注目されているのが、市場メカニズムを活用した環境問題対策へのインセンティブ設計です。例えば、温室効果ガスの排出枠を設定し取引を可能とする温室効果ガス排出権取引や、環境・社会・企業統治へ配慮した企業経営を評価するためのESG投資、電力需給バランスの変動に合わせて電気料金を変動させるディマンドリスポンスといった仕組みがあります。
今回ご紹介するPlanetwatch S.A.S(プラネットウォッチ)は、市民が大気質測定端末を設置することで報酬を得られる仕組みにより、大気質監視ネットワークの構築を進めているフランスの企業です。いったいどのような企業なのでしょうか、詳しく見ていきましょう。
(注1)KarnVohra et al, 2021, “Global mortality from outdoor fine particle pollution generated by fossil fuel combustion: Results from GEOS-Chem” Environmental Research(195).
大気質監視サービス Planetwatchとは?
Planetwatchは、欧州原子核研究機構(CERN)に在籍していたクラウディオ・パリネッロ博士を中心に2019年にフランスで創業された企業で、ブロックチェーンを活用した分散型大気質監視ネットワークの構築を目指しています。大規模な大気質のモニタリングとセンサーの制御のため、モジュラーJavaフレームワークであるCERNの技術「C2MON」を使用しています。また、同じくCERNからのスピンオフ企業であるINNOGEXのTerabeeと提携し、COVID-19感染のリスク軽減に役立つ大気モニターセンサーを提供しています。
2021年11月には、Borderless Capital、SkyBridge、JUMP Capital、Kenetic Capital、Algorand Inc、Meld Ventures、Youbi Capitalといった世界的な投資会社の参画により1000万ドル(約13億5000万円)の資金調達を実施し、これまでの累計調達額を1260万ドル(約17億円)としました。
現在Planetwatchは、7万2千台以上のセンサーを通じた大気質監視ネットワークの構築を進めており(注2)、特に欧州と米国の都市で大規模なセンサーの展開を進めています。従来の大気質監視ネットワークとは異なり、PlanetWatchは信頼性が高く、かつ手頃な価格で設置が容易なセンサーを使用しています。また市民へのインセンティブ設計により、市民の自発的なセンサー設置を促進する仕組みを採用しているため、正確で最新のローカルデータを提供しながらも、独自のスケーラビリティを持つプロジェクトとなっています。
(注2)2022年7月現在
ブロックチェーンを活用した分散型大気質監視ネットワーク
Planetwatchは地域住民に対して大気質測定センサーを設置するインセンティブを設計することで、監視ネットワークの構築を進めています。
具体的には、自宅にセンサーを設置することに同意した住民に、センサーが送信する大気質データと引き換えに、「PLANET(プラネット)」(仮想通貨)が与えられます。センサーが獲得したデータに対する報酬は、センサーの所有者に対して80%、PlanetWatchに対し20%が分配され、このPLANETは、オープンマーケットで販売するか、Planetwatchの内部製品の購入のみに使える「Earth Credit(アースクレジット)」に交換することができます。この取引制度は、すでに数カ国で中央銀行デジタル通貨の基盤システムとして採用されている「Algorand(アルゴランド)ブロックチェーン」上に構築されています。
以上の仕組みにより住民が自発的に設置するセンサーによる大気質監視ネットワークの構築を進め、リアルタイムデータを提供する低コストで高密度の監視ネットワークを迅速に展開することができるのです。
4タイプのセンサーとデータの評価
PlanetWatchは様々なケースをカバーするために、4つのタイプの製品に対応しています。また、ある特定の地域にセンサーの設置状況が偏らないよう、設置地点やセンサーの観測データの正確さにより情報を評価付ける仕組みを採用しています。特に屋外地点では、0.72平方キロメートルあたり、タイプ1のセンサーを1つ、タイプ2のセンサーを5つの配置数を基準として、センサー数の多寡に応じてセンサーのオーナーが得られるPLANETが変化する仕組みとなっています。
タイプ1:プレミアム屋外デバイス
Planetwatchが現在採用しているタイプ1のデバイスは、「Airqino(エアキノ)」と呼ばれています。これは、CO、NO2、O3、PM2.5、PM10をリアルタイム(毎秒、120秒ごとの移動平均)でモニターするものです。Airqinoは、イタリアの研究機関によって開発されており、その性能は独自にテストされ、過去7年間の設置・運用の成功という広範で検証可能な実績があります。
タイプ2:コンシューマーグレードの屋外デバイス
現在、PlanetWatchが採用しているタイプ2のデバイスとして、「Arianna(アリアナ)」と呼ばれています。窓辺やバルコニー、庭など、できるだけ日光が当たる場所で、WiFiネットワークの範囲内に設置することができるスマート植木鉢です。Ariannaは、気候変動や粒子状物質(PM2.5)のセンサーを搭載し、太陽光発電パネルで電力を供給しています。
タイプ3:屋内デバイス
屋内の大気質モニタリングデバイスとして、PlanetWatchは現在、空気品質モニタリングのRESET規格(注3)に準拠した「Sensedge Mini(センセッジ ミニ)」というデバイスを指定しています。このデバイスはVOC(揮発性有機化合物)、PM2.5、CO2、温度、相対湿度を継続的に測定できます。
(注3)RESETは、室内空間や建物の連続モニタリングのための要件を定義したもので、モニターの配置、モニターの仕様、設置、データ報告、データプラットフォーム、校正の要件などが含まれています。
タイプ4:ウェアラブルデバイス
人が呼吸する空気の質と安全性を直接モニターするウェアラブルデバイスとして、PlanetWatchは現在、「Atmotube PRO(アトモチューブプロ)」をタイプ4のデバイスとして指定しています。このデバイスは特に、空気の質の低下に敏感な人(喘息患者、アレルギー体質の人など)にとって、ライフスタイルが汚染への曝露にどのような影響を及ぼすかを調べるために有効で、PM1、PM2.5、PM10の汚染物質、例えばほこり、花粉、すす、カビ、さらに幅広い揮発性有機化合物(VOC)を検出します。デバイスはBluetoothでオーナーのスマートフォンとの間で通信が可能です。
ユーザー向け機能
Planetwatchはセンサーを設置しているユーザー向けに3つの機能、①エクスプローラー、②マップ、③モバイルアプリを提供しています。
1つ目のエクスプローラーでは、Algorandブロックチェーン上のPlanetWatch関連のトランザクションを閲覧することができます。また、Planetwatchネットワークで最もアクティブなセンサーを、追加の履歴データ、統計、情報とともに一覧表示します。
2つ目のPlanetWatchマップは、屋外のPlanetWatchセンサーネットワークからの大気質データを可視化してユーザーに提供しています。特定の場所にズームインすると、各センサーからのライブ大気質情報を持つエリアにカラーピクセルが表示されます。それぞれのピクセル(1.2 x 0.6 km)をクリックすると、過去24時間、1週間、1ヶ月のライブデータおよび履歴データを表示することが可能です。
3つ目のモバイルアプリでは、最高のユーザー体験と速度を提供するために、AndroidとiOSの両方に対応しており、Algorandアカウントの作成、インポート、管理、現在地での外気指数の確認、センサーの追加、管理、照会する。マップでの地域の大気質の確認、Planetwatchのニュースやアップデートの受信ができます。
まとめ
いかがでしたか?今回は、ブロックチェーンによる住民へのインセンティブ設計を通じて大気質モニタリングネットワークを構築しているPlanetwatchを取り上げました。
Planetwatchは、大気質監視センサーを設置した住民に対して、大気質のデータと引き換えに仮想通貨を提供する仕組みにより、監視ネットワークを構築するコストを大幅に削減し、高密度の監視ネットワークを構築することに成功しています。同社の今後の動きが注目されます。