- 世界の温室効果ガス排出量の7~11%を占めるエアコンは2050年までに台数が2倍以上に増加
- Transaeraは、わずかな温度変化で水分を吸着・放出する性質をもつ新素材、有機金属骨格(MOF)を開発
- MOFを熱交換器に吹き付けることで、除湿性能を高めた冷房システムを開発している
はじめに
世界の温室効果ガス排出量の7~11%を占めるエアコンは、世界各国の都市化や中間層の拡大により、2050年までにその数が2倍以上に増えると予測されています。特に高い普及率が見込まれるのが、経済発展が著しく高温多湿な気候で知られるインドや東南アジアです。
高温多湿地域においてエアコンの電気効率に大きく影響するのが「除湿」機能です。従来のエアコンでは、室内機内部で冷却させたファンに空気中の水分を結露させて排水する除湿冷房方式という仕組みが広く採用されています。この方式は単純な「冷房」機能よりも電力消費は抑えられるものの、ファンを冷却させるための電力が必要となります。
一方で今回ご紹介するTransaera, Inc.(トランセラ)は、この「除湿」にスポンジ状の素材を用いて水分を吸着させる全く新しいアプローチを用いた技術を開発。電力効率の高い除湿性能を持つエアコンを生産しています。一体どのような企業なのでしょうか。詳しく見ていきましょう。
Transaeraとは?
Transaeraはアメリカ合衆国マサチューセッツ州に拠点をおく、効率的な冷房システムのための乾燥材の素材の開発を行っている企業です。一般的に販売されているエアコンよりも80%少ないエネルギーを消費する家庭用エアコンを開発したことにより、国際的なイノベーションコンテストであるGlobal Cooling Prize(グローバル クーリング プライズ)の最終候補8社のうちの1社に選ばれました。MIT(マサチューセッツ工科大学)の学内での研究開発から事業をスピンアウトさせており、現在は気候技術スタートアップインキュベーターであるGreentown Labs(グリーンタウン ラブス)で研究開発を進めています。
2022年9月にエネルギー問題の解決に向けたイノベーション関連投資を推進するEnergy Impact Partners(エナジー インパクト パートナーズ)や、米国大手空調メーカーCarrierのCVC、フランスの大手製造メーカー Saint-Gobainなどからシードラウンドで450万ドル(約6億700万円)を調達し、研究開発費を含めた累計調達金額を960万ドル(約12億9000万円)としました。
Transaeraの製品の核となる技術は有機金属骨格(Metal Organic Frameworks; MOF)と呼ばれる高多孔質の素材にあります。MOFは内部に水粒子ほどの小さな部屋の大きさを持つ内部表面積の大きな素材で、温度変化を加えることにより空気中の水分を受動的に取り込んだり、または放出する性質を持っています。Transaeraが開発した除湿システムでは、このMOFの持つ機能を応用することで、従来のエアコンよりも大幅に電力効率を高めているのです。
またTransaeraのMOFは、R-32と呼ばれるノンフロンの冷蔵庫製品の冷却システムにも使用されています。R-32は従来の冷却システムに加えて電力消費量を1/3以下に抑えることができます。
Transaeraの除湿システムの基本原理
上の図は、Transaeraの除湿システムと熱交換の基本原理を示したものです。まず左側の図では、左右の熱交換器のうち左側が冷却を、右側が加熱を行います。真ん中にある斜め板の表面にはMOFがコーティングされており、冷却されている左側で水分を吸着し、加熱されている右側で水分を放出しています。
やがて左側で保持している水分量が飽和状態になると、図の右側のように真ん中の板の向きを切り替え、左側で加熱を、右側で冷却を行います。これにより板の左側では水分の放出が、右側で水分の吸着するのです。放出した水分は排気口を通じて外に取り出されます。この一連のサイクルを繰り返すことにより、除湿を行うのです。
Transaeraの課題は、MOF素材をエアコン内部の表面にどのように塗布し作用させるかにあります。コーティングがすぐに剥がれないように、機器の寿命まで使えるような頑丈さを持つ設計を模索しており、現在は家電のOEM企業や化学メーカー等を通じてパイロット製品の開発を行っています。
高調湿性能を誇るMOFの可能性
TransaeraはMOFを活用する方法を研究しており、その一つに屋内農業があります。屋内農業は主要都市の近くで年間を通して持続的に食用作物を栽培するためのソリューションの一つとして注目されています。
屋内農業の課題の一つが、室内の気温や湿度を一定に保つための空調設備です。従来の空調設備では膨大な電力を消費してしまいますが、Transaeraは高い調湿性能を持つMOFを応用し、排熱を利用して湿度を調整する仕組みの開発を進めています。この取り組みは2020年から2022年までを研究期間として、政府機関より90万ドル(約1.2億円)の研究開発助成を受けています。
まとめ
いかがでしたか?今回は効率的な冷房システムのための化学素材MOFを開発するTransaeraをご紹介しました。Transaeraが開発しているMOFは、温度変化を加えることにより空気中の水分を取り込んだり、または放出する機能を持ち、これを熱交換器中のファンに吹き付けることを通じて高い除湿性能を持つ冷房システムへと応用していました。
TransaeraはMOFを活用してビジネスチャンスを広げるため、農業製品などを含む様々な製品への応用を模索しています。同社は今後どのように事業を展開していくのでしょうか。今後の動向が注目されます。