- 近年注目を集めるIoT技術だが、建設業界での応用はまだこれから。
- Cumulus Digital SystemsのIoTシステムは、ボルトの締結作業に関わる管理業務を効率化。
- 日本でのIoTシステムを用いた技術開発も今後加速していく。
はじめに
建設業界は、他の分野に比べて情報通信技術の活用に大きな遅れをとっています。データを収集分析し、作業工程、管理工程の改善に活用することで生産性を向上させることが期待されており、特にIoT技術(Internet of Things「モノのインターネット」)は建設業界でのデータ収集・活用のために応用できるのではないかと、現在注目されています。
今回は、建設現場での「ボルト締結作業」という一見意外な作業に注目し、そのコスト削減のためのIoT工具を開発製造しているCumulus Digital Systems(キュミュラス・デジタル・システムズ、以下 “Cumulus”)をご紹介します。
Cumulus Digital Systems とは?
Cumulusは、建設部門の様々な作業情報をネットワークで共有し、データドリブン(収集したデータを分析し、より効率的な意思決定を行うこと)な労働へと進化させることで安全性と生産性を高めることを目指し、2018年にアメリカ合衆国マサチューセッツ州ボストンに創業されたスタートアップです。
創業者のMatthew Kleiman(マシュー・クレイマン)氏は石油会社Shellの起業支援を受けて後のCumulusとなる事業を立ち上げ、2018年12月に同Shellを筆頭株主としてシードラウンドで4.5百万ドル(約4.9億円)を調達しています。
現在の主力製品、Smart Torque System(スマートトルクシステム、以下“STS”)は、ボルト締結作業に用いられるトルクレンチにセンサーを搭載することで作業状況をデータ化し、リアルタイムで状況を共有することを可能にするシステムです。
引用元:Cumulus Digital Systems 公式ホームページ
ニュース放送局最大手のCNBCが2019年に「もっとも将来性がある100のスタートアップ」の1つにCumulusを選出しており、その注目度の高さが伺えます。
Smart Torque Systemが変える建設作業
引用元:Cumulus Digital Systems 公式ホームページ大型の建設プロジェクトでは数千ものボルト締結作業が発生します。特に配管の接続作業では、内容物漏れの発生防止のため、非常にコストが高い点検作業を行う必要があります。そのため、配管の設置からボルト締結、点検作業までに最大5人の作業員が1つの接続作業に動員され、作業工程に大変な非効率が発生していました。
また、Aberdeen Groupの2016年の調査によると、パイプ継手部分からのガス・オイル漏れ、不適切な取り付け作業などによる計画外の修復作業、および操業停止による損失は、1時間あたり平均26万ドル(2800万円)とされ、特に石油ガス産業において建設作業の正確性や設備の維持管理は非常に重要だと言えます。
Cumulusはボルト締結作業や維持管理作業の非効率性に着目し、Smart Torque System(以後STS)を開発しました。STSは遠隔地にいる管理者の端末で作業進捗をリアルタイムで共有し、締め付けが適切な強度で行われているか、チェックをすることができるサービスです。
これを可能にしたのが、IoT技術です。ボルト締結作業に用いられるトルクレンチにセンサーを搭載させ、インターネットを通して点検作業員の持つタブレットなどに情報を共有することで、より効率的な作業ができるようになりました。
STSはIoT建設工具とオンラインのプロジェクトマネジメントツールが一体となったシステムであり、ボルト締結作業と点検作業を同時に行いつつ、作業工程を管理することで、作業の生産性と安全性の向上を実現しました。
Cumulusの見据える未来
検査・認証の最大手企業Bureau Veritasとのパートナーシップ
2019年5月、Cumulusは各種産業における検査・認証事業の最王手であるBureau Veritas(ビューロー・ベリタス)とのパートナーシップ締結を発表しました。
Bureau Veritasの産業施設技術開発援助事業部長のKarine Kutrowski(カリーン・クトロウィスキ)氏は本パートナーシップの締結について「これまで物理的技術頼りであった検査事業に最先端のデジタル技術を導入していくことで、我々は次世代の産業の要請に対応していくことができるだろう。」と述べており、Cumulusの技術を活用することによる生産性と安全性の向上がもたらすメリットについて、明るい見通しを持っていることがわかります。
また、Cumulusの共同創業者兼プレジデント、Mark Litke(マーク・リトク)氏のSociety of Petroleum Engineers(ソサエティ・オブ・ペトロレウム・エンジニアズ)への寄稿によると、石油・ガスのパイプライン設備においてIoT技術の活用事例が広がると予想され、産業からの要請に耐えうるIoT製品の技術開発のみならず、センサーやタブレット、通信技術といった様々な事業者による相互の技術革新が必要であり。そのような技術革新は未来志向の企業がもたらすだろうと述べています。
建設現場へのIoT実装を加速させるCumulusの戦略
電動工具やタブレット等の携帯端末の技術革新により、以前より容易にデータの収集を行うことができるようになりましたが、それらの情報を統合し、分析・活用を支援するためのシステムがなければ、プロセスの生産性を高めることはできません。CumulusはIoT技術を建設産業に実装するにあたり、データを統合し、分析・活用を支援するためのプラットフォームを開発していくとの考えを示しています。
日本の建設業界でもIoTプラットフォームの技術開発が進む
日本の建設業界を管轄する国土交通省は、情報通信技術を建設現場に導入し建設プロセス全体を効率化することを目指し、2016年よりi-Construction(アイ・コンストラクション)を進めています。
しかし、IoTを活用した産業用品は、ドローン等の測距や点検作業に用いられる製品や、重機等の一部の製品に限られており、その恩恵は各施工プロセスが効率化されるにとどまっています。情報の分析・活用という観点では日本企業は海外企業による技術開発に一歩遅れを取っているのです。
建機メーカーのコマツが開発する情報活用プラットフォーム LANDLOG(ランドログ)は、IoT端末から収集したデータを効率的に分析・活用することで、建設プロセスをより生産的にすることを目指して開発されたシステムです。また、コマツは情報通信技術を搭載した建設機械を活用し、各施工プロセスの効率化を進めています。
この「建設機械の高度化による各施工プロセスの効率化」と、「全体の情報を統合するLANDLOGを活用した、プロセス全体の効率化」を同時に行うことで、より安全で生産性の高い未来の現場を実現していくという展望を示しています。
まとめ
CumulusのIoT技術は、建設現場のボトル締結作業という特定作業の効率化に焦点を絞っていながら、IoT工具とオンラインのプロジェクトマネジメントツールが一体となったプラットフォームが、生産性の向上にインパクトを与えるということを証明しています。
日本の建設業界ではIoT技術の応用はまだ始まったばかりですが、総務省のi-Constructionを契機として民間事業者による技術開発は活発化しています。IoT技術を支える通信技術、端末技術、データの活用技術が相互に技術革新していく中、今後Cumulusのように飛躍的なコスト削減をもたらすIoTプラットフォームの登場が日本の建設業界を変革していくことが期待されます。