- 「ハイパーループ」とは、真空状態にしたチューブ中で磁力で浮遊させた車両を高速移動させる技術のこと
- 旅客輸送では航空機や鉄道よりエネルギー効率が高いとされる
- 最高速度は時速1000kmで、実現すれば現在高速鉄道で約3時間20分かかるパリ(仏)-アムステルダム(蘭)間を約30分で結ぶ
- 国家開発部門や航空産業を中心にハイパーループ実用化を検討する動きが見られる
はじめに
各国のCO2排出量のうち大きな割合を占めているのは輸送部門であり、日本ではCO2総排出量の約2割が輸送部門により排出されています。国際社会全体でCO2の排出量削減が叫ばれている中、次世代の旅客や運輸部門においてエネルギー効率の高い輸送技術が求められています。
そのような中で注目されているのが、「ハイパーループ」技術です。ハイパーループとは、真空状態にした筒状のレール(以下、チューブ)中で車両を磁力で浮遊させ、高速移動させる技術のことです。リニアとは異なり走行中に空気抵抗が発生せず、最高速度は理論上時速1000kmを超えるとされ、JR東海のリニア高速鉄道の2倍の最高速度で運用することが期待されています。輸送の単位は電車の車両と同程度のPod(ポッド)と呼ばれる車両で、大量のPodの同時輸送が実現すれば、航空機を超える速度での移動と、電車のように都市の各所で乗降が可能といった利便性を両立することができ、さらに環境負荷を抑制することもできます。
2013年にスペースXを率いるイーロン・マスク氏が論文を投稿したことをきっかけに開発が加速し、ハイパーループ事業に参入するベンチャーが増加しました。大学対抗の技術コンペなども開催されており、各社が技術開発に鎬を削っています。
ハイパーループを支える技術
リニアの2倍を超える最高速度を実現する技術
各社によって技術の詳細は異なりますが、ここではHyperloopTT(ハイパーループ トランスポーテーション テクノロジーズ)のインダクトラック方式についてご紹介します。まず、ポッドの加速局面と減速局面ではリニアと同じようにコイルに電流を流すことで磁界を発生させますが、時速約30kmを超える段階で、ハイパーループのポッドに搭載された特別な永久磁石とチューブに搭載されたコイルの間に誘導電流を生じさせ、ポッドと車両間で反発しあう磁界を発生させます。この反発力が推進力としてポッドを加速させるのです。
ハイパーループの環境性能
アメリカ合衆国エネルギー省の試算によると、乗車率30%のハイパーループは2030年の技術予測における自動車や航空輸送と比べ約2倍エネルギー効率が良いとされています。
注1)自動車の場合、最良環境性能車と比較するとエネルギー効率は逆転。
注2)LF=乗車率(Load Factor)、HO=高乗車率(High Occupacy)LD Vehicle=定員12名以下の自動車(Light-Duty)
また貨物輸送の場合、航空機の2倍エネルギー効率が良く、しかしトラックよりも2~7倍劣るということになります。ただし上図によると、貨物重量が大きいほどエネルギー効率が改善するということが分かります。
実証実験の事例
2020年11月、アメリカのハイパーループ企業Virgin Hyperloop(バージン ハイパーループ)は、ネバダ州の砂漠における試験施設で、ハイパーループの有人試験に初めて成功したと発表しました。この時の最高速度は時速約172kmで、約15秒をかけて500mのテスト区間を走行しています。
この実験において使用されたのは2人用の小型のPodですが、同社は商用化に向けて28人乗りのPodの開発を進めています。
ハイパーループ各社の展望
Zelerosのグローバルハイパーループ構想
スペインのハイパーループ企業Zeleros(ゼレロス)は、”A grobal hyperloop network: Vision 2050 and beyond”というレポートを発表し、ハイパーループが世界各国をつなぐ2050年の世界の構想を提示しています。
この構想では世界五大陸の主要都市が全長88,500kmのハイパーループにより接続されており、2050年時点で14億5700万人の旅客輸送、2800万トンの貨物輸送を実現することが予測されています。また、既存の交通手段からハイパーループへと転換することにより、年間62億8800万トンのCO2排出量を削減することが期待されています。
オランダ航空会社が輸送事業転換に向けてハイパーループ企業とパートナーシップ契約
オランダ・アムステルダムのスキポール空港は、2018年にオランダのハイパーループ企業Hardt B.V.,(ハードット)とパートナーシップ契約を結び、2050年までに空港利用旅客約7300万人のうち1250万人をハイパーループによる輸送で置き換えることを計画しています。
これまでの共同調査を通じて、スキポール空港との直行便が就航しているドイツ、ベルギー、フランス、イギリスの近隣の主要空港とを結ぶハイパーループネットワークが提案されており、短距離フライトをハイパーループに置き換えることで、空港のキャパシティを確保し、ヨーロッパの主要空港としてのアムステルダム・スキポール空港の地位を維持することが目指されています。
このパートナーシップは2021年10月以降も継続されることが決定しています。
インド・韓国における開発プロジェクト
各国の開発部門も、次世代高速輸送への投資を現実的に検討する段階になっています。
韓国政府は2017年、HyperloopTT(ハイパーループ トランスポーテーション テクノロジーズ)とパートナーシップ契約を結び、実用化に向けた研究開発を協働して進めていくことを発表しています。本プロジェクトは2020年にミニチュアのハイパーループの走行試験において時速1000kmを超える走行を達成したことを発表しており、今後2024年までに実用化を目指すとしています。
また、インドのマハラシュトラ州政府は2019年7月、ハイパーループを公共インフラプロジェクトとみなし、ハイパーループ開発計画を進めることを決定しました。このプロジェクトのパートナーとしてVirgin Hyperloop(バージン ハイパーループ)の名が挙げられています。
本計画では、現在3時間以上の所要時間がかかっているムンバイとプネ-の間を約35分でつなぎ、年間約2億人の旅客輸送を担うことが予定されています。プロジェクト着工にあたり数十万人のハイテク雇用と360億ドル以上の利益が地域にもたらされるとしています。
信号技術調達で日立製作所とHyperloop TTが提携
2020年8月、前掲のHyperloop TTは日本の日立製作所と、信号技術調達に関する提携を結んだことを発表しました。現在ヨーロッパの鉄道産業で使用されている規格は ERTMS (European Rail Traffic Management System) という信号保安システムで、国境を超える鉄道網の安全な輸送管理のために活用されています。日立はこの規格について安全なシステム構築の実績があり、同社の信号技術を更に発展させるために今回の提携に至ったことを明らかにしています。
まとめ
いかがでしたか?本稿では、次世代の高速輸送技術として注目されているハイパーループの技術と今後の展望に焦点を当てました。ハイパーループはエネルギー効率が高く、大規模かつ細やかな輸送を実現できることから、環境負荷の低さが求められる次世代の輸送システムとして注目されています。
今後の課題としては、ハイパーループの拡張性を高めるための各社の規格の統一や、ハイパーループの技術的課題である真空チューブの敷設、安全性の確保などがあります。近年の技術開発競争には目を見張るものがあり、今後実用化に向けたステップが進んでいくことは間違いないと言えるでしょう。各社の今後の展開が注目されます。