人工衛星による「地球モニタリングサービス」の構築を目論むICEYE

画像引用元:ICEYE 公式ホームページ
海外事例
  • 宇宙関連市場の市場規模は2040年までに1.1兆ドル(2016年度は3300億ドル)にまで成長する見込み
  • フィンランド発のICEYE(アイサイ)は、小型衛星群による地上モニタリング網の構築を進めている
  • 2022年2月、ICEYEは日本の東京海上HDと、損害サービスの向上や事故予兆サービスの開発を目的とした資本業務提携を締結

はじめに

画像引用元:モルガン・スタンレー公式ホームページ

人類最初の月面着陸から半世紀が経過した現在、通信事業者をはじめとする民間事業者が宇宙開発に次々と参入し、ロケット開発から情報利用にいたる各領域で技術革新と既存サービスの向上、新たなサービスの展開が続いています。その市場規模は2016年度には3300億ドル(約45兆円)であったところ、2040年には1.1兆ドル(約148兆円)にまで成長すると予測されています(注1)。

そのような中で特に注目されるのは、民間企業を中心に進められている小型衛星によるコンステレーション構築の動きです(注2)。衛星コンステレーションとは、低高度の軌道に投入された複数の衛星を協調させることで広域かつ低遅延、地上の天候に左右されない安定した衛星利用を可能にする技術のことです。災害現場の監視や農地や天然資源、天候の観測等の地上センシング、インターネットなどの通信サービスの提供に用いられています。例えばイーロンマスク率いるSpaceX(スペース エックス)が運用する衛星コンステレーション、Starlink(スターリンク)は2022年7月時点で約2900機の小型衛星を運用中で、2020年代中頃までにその数を13000機にまで増やすことで、全世界に安定したインターネット回線を届けることを目指しています。コンステレーション構築のトレンドの背景には、人工衛星の小型化や、打ち上げ技術の改良による運搬・運用コストの低下といった技術革新が一役買っています。

今回ご紹介するフィンランドのICEYE(アイサイ)は、この衛星コンステレーションを用いて、企業や政府向けに洪水や暴風雨、噴火などの災害被害評価や不審船監視といったサービスを多数提供しています。一体どのような企業なのでしょうか。詳しく見ていきましょう。

(注1)モルガン・スタンレー “Space: Investing in the Final Frontier”
(注2)複数の人工衛星をある目的のために連携・協調させ、運用すること。

衛星コンステレーション構築を進めるICEYEとは


ICEYEは、2012年にフィンランドにて創業された、SAR衛星(注2)の開発・製造・運用・衛星画像の活用サービス提供を一貫して行っている企業です。2022年1月現在でSAR衛星としては民間最多の16機を運用しており、天候に左右されない高精度の地上データを1時間単位で取得し、政府や企業に対して提供しています。スペイン、ポルトガル、イギリスに拠点を持ち、2021年4月15日に米国・カリフォルニア州アーバインに製造拠点を開設。2021年6月には東京にオフィスを開設し、アジア初の拠点としました。

2022年2月にはシリーズDラウンドで1億3600万ドル(約183億円)を調達し、累計調達額を3億400万ドル(約410億円)としました。このラウンドは宇宙関連の投資会社のSeraphim Space(セラフィム スペース)を筆頭とし、航空宇宙や安全保障関連の製品製造を手がける英メーカーBAE Systems(バエ システムズ)、日本からは鹿島建設の投資会社、Kajima Ventures(カジマ ベンチャーズ)が参画しています。現在世界各地の拠点にて400人の社員を雇用しており、2020年から2021年の収益成長率は約400%に達しています。

従来のSAR衛星は消費電力が大きく、大型の太陽光パネルを必要とするなど小型化が難しいとされてきましたが、ICEYEが手がける小型SAR衛星は打ち上げ質量が100kg以下とこれまでのSAR衛星と比べて大幅に軽量です。さらに、ICEYEは2018年に打ち上げられた2号機(ICEYE-X2)において、打ち上げから4日で画像を衛星から撮影された画像を公開するなど、衛星事業会社としての技術力を示しています。

画像引用元:ICEYE 公式ホームページ

ICEYEが目指しているのは、衛星画像に関する専門的知識を備えていない一般企業や民間のニーズに答え、衛星データをさまざまなサービスへと活用させていくことです。例えば保険分野では、自然災害等による損害の規模と状況をいち早く解析することで、損害サービスの向上に役立てるといったことが考えられますが、そうしたサービスに衛星データを利用するためのデータ基盤の整備が必要となります。そこでICEYEはAIによる画像解析技術等を自社で内製するなど、そのデータ基盤の整備も進めています。

(注3)SAR(Synthetic Aperture Rader、合成開口レーダー)衛星とは、大気の透過率がほぼ100%のマイクロ波を利用して昼夜や天候に問わず地表面を観測することができる衛星のこと。その解像度は複数の衛星を投入して相互運用することで高くなる。

分解能25cmを誇るICEYEのSAR衛星

画像引用元:ICEYE公式ホームページ

ICEYEのSAR衛星の強みの1つは世界最高レベルの1ピクセルあたり25cmという分解能(注3)にあります。これは人や車の動きを識別できるほどの高解像度で、現在JAXAが運用するだいち2号(分解能3m)と比較してもその能力の高さが伺えます。ICEYEのSAR衛星は観測幅優先と分解能優先の2つの観測モードを備えており、前者は3m程度の分解能で幅30kmを観測可能であるのに対し、後者は25cmの分解能で局所的な観測を目的としています。

また、ICEYEは16機(18機まで拡大を予定)の衛星コンステレーションにより、同一地点を1時間おきに観測することが可能です。同社は次世代機に向けて、画像撮影の途中でも地上にデータを送信することができる機能の搭載を進めており、この新機能では撮影後8分で地上にデータを提供することが可能で、災害などの状況の変化が激しい場面で画像データを活用できることが期待されています。

(注4)対象を測定または識別する能力のことで、2地点間を見分ける最小の距離で示される。

災害対策向けのサービスの開発に注力

画像引用元:ICEYE公式ホームページ

ICEYEは災害対策に衛星画像を活用するサービスの向上に注力しており、津波や火山の噴火、洪水、暴風雨などによる被害状況の把握、損害評価のためのソリューションの開発を進めています。

以下の画像は、2022年8月に発生したオーストラリア、カムデンにおける洪水の浸水地域を衛星画像から分析して表したものです。こうしたデータは洪水前後の様子から損害評価に役立てることができるだけでなく、今後の災害予測に基づく公共投資や保険事業の最適化にもつなげることができます。

画像引用元:ICEYE公式ホームページ

実際に、ICEYEは各国政府や民間企業との協業を次々と発表しています。2021年3月にはリスク移転プロジェクトを主導する保険会社のスイス・リーと、洪水リスクの管理や保険金支払い迅速化を目的とした戦略的提携を発表、2022年2月には東京海上HDと、衛星画像による屋根・家屋被害の特定、農業災害被害の特定、事故予兆サービスの開発の3点を目的とした資本業務提携を発表、さらに2022年7月には、ガーナ財務、国連開発計画(UNDAP)、保険開発フォーラム(IDF)と共同し、ガーナ都市部の洪水による開発リスクの移転を目的とした業務提携を発表しています。

例えば東京海上HDとの提携では、人工衛星画像の分析技術を持つパスコ、三菱電機が協業に含まれており、各社の技術を用いた人工衛星画像の分析と被害予測、損害評価サービスの改善を進めていくとしています。

まとめ

画像引用元:ICEYE公式ホームページ

いかがでしたか?今回は、SAR衛星のコンステレーションにより地球モニタリング網の構築を目指すフィンランドのスタートアップICEYEをご紹介しました。同社は今後18機のコンステレーションによる高頻度地球観測技術の確立、及び衛星画像データ活用のデータ基盤の整備に取り組んでいくとしています。今後どのように事業を展開していくのでしょうか。今後の動向が注目されます。