- 建設物に由来するCO2排出量削減のため、空調、熱源、照明、セキュリティ等の機能を統合し制御するビル管理システムが注目されている
- PassiveLogicは、AIと機械学習による自律型のビル管理システムを開発、提供している
- PassiveLogicは自律型ビル管理システムの開発、導入、運用を可能にする製品群を2022年度末までに市場に投入予定
はじめに
建設分野の脱炭素化は、パリ協定や国連持続可能な開発目標(SDGs)の達成に不可欠です。2018年の全世界のCO2排出量のうち28%は建設物に由来しており、そのうち空調や照明、熱源のための発電によるCO2排出が最も大きな割合を占めています。上掲のグラフによると、住居用建物及び非住居用建物の消費電力は2010年から2018年にかけて増加しており、その内訳をみると、床面積や人口の増加による電力消費の増加が、建物のエネルギー効率向上による電力消費の減少分を上回っていることが分かります。各国の都市人口の増加が見込まれる中、建物のエネルギー効率向上は喫緊の課題だといえるでしょう。(注1)
そこで現在注目されているのが、スマートビルディングです。スマートビルディングとは、建設物の空調、熱源、照明、セキュリティ等のあらゆる機能を高度に統合しコントロールすることで建物の電力効率を高め、また建物の使用者により快適な空間を提供する仕組みを備えた建物のことです。建物内の管理システムは急速に世界の常識になりつつあり、例えばEUでは、2025年までにEUのすべての第三次産業用建物でビル自律制御システム(BACS: Building Automation Control Systems)が義務化される予定です。こうした中、2021年時点で676億ドルであったスマートビルディングの市場規模は、2029年までに3286億ドル(CAGR、年平均成長率22.2%)にまで成長することが見込まれています。(注2)
しかし建設物は入出力(I/O)が無数にある巨大なロボットに例えられるように、その制御を手動で最適化することは困難です。そこで今回ご紹介するPassiveLogic, Inc.(パッシブロジック)は、建物のDigital Twin(デジタルツイン、現実世界の建設物を仮想空間に複製してシミュレーション可能にしたもの)をAI、機械学習によるアルゴリズムが分析し、自動で制御を最適化するシステムを提供しています。一体どのような企業なのでしょうか。詳しくみていきましょう。
(注1)United Nations Environment Programme, 2019. ”2019 Global Status Report for Buildings and Construction”
(注2)Fortune Business Insight “The global smart building market is projected to grow from $80.62 billion in 2022 to $328.62 billion by 2029, at a CAGR of 22.2% in forecast period,…”
PassiveLogicとは
PassiveLogicは、2016年にアメリカ合衆国ユタ州ソルトレイクシティにて創業された企業で、CADや3Dスキャンから建物のデジタルツインを作成し、そこからAIと機械学習によるアルゴリズムがリアルタイムで建物を解析し、自律的に制御する仕組みを開発しています。
2022年1月にシリーズBで3400万ドル(約48億5000万円)を調達、2022年4月には追加投資として1500万ドル(約21億4000万円)を調達し、累計調達額を6820万ドル(約97億2000万円)としました。主要株主として不動産やインフラ、再生可能エネルギー関連の投資実績があるBrookfield Growthの他、Addition、Keyframe Capital Partners、RET Ventures、A/O Prop Techが名を連ねています。
従来のビル管理システム(BMS: Building Management System)は、空調、熱源、照明、セキュリティ等の設備機器の動作を、各種のIoTセンサー、及びコントローラーを通じて制御しますが、システムが自律制御するのは一部で、設備の管理者や使用者が動作に介入する必要があります。また現状のビル管理システムは拡張性が低く、施設利用状況の変化などの環境の変化に対し最適な効率性を維持することは困難です。
そこでPassiveLogicは、デジタルツインと呼ばれる建物の動的モデルをコンピュータ上で生成し、制御のシミュレーションを行うことで、システムがこのシミュレーションに基づいてビルを制御する自律型のビル管理システムを開発しました。このシステムは環境変化を自己診断して常に建物のモデルを更新し続けるため、環境の変化に対応して最適な効率性を維持することができるだけでなく、建物の管理コストを抑制し、ランニングコストを抑えることができます。
独自開発のデジタルツイン規格Quantum(クアンタム)
自律型のビル管理システムの開発のため、PassiveLogicはQuantum(クアンタム)と呼ばれる独自のデジタルツイン規格を開発しました。これは米国エネルギー省、パシフィック・ノースウエスト国立研究所、グローバル・アセット・マネージャーのブルックフィールドとの共同研究の成果によるものです。
この規格は建設物の構成要素を完全に記述するために設計されています。例えば従来のプログラム言語では、建設物の構成要素を認識するためにそれぞれの構成要素に名称をつける「タグ付け」の考え方が利用されていました。この方法では構成要素の持つ意味を定義することができません。そこでQuantumは、構成要素の役割と動作を定義し、それをAIが扱える形にすることで、それぞれの構成要素がシステム全体の中でどのように振る舞うかを表現することを可能にしました。
Quantum規格を用いて作成された建設物のデジタルツインは、システム全体の中で各構成要素の振る舞いを捉えることができるため、建設物のライフサイクル全体を通じてその効率性を動的に把握することができます。これによりエネルギー効率の向上、居住者の快適性の向上、最適化された制御経路の確立など、ビルの運用を大幅に改善することができるのです。
PassiveLogicはすでに、Belimo HVACシステム、Bradford White給湯器など複数のメーカーと提携し、物理ベースのデジタルツインを作成して製品ライブラリに収録しており、非開発者であってもビル管理システムの導入や管理、運用が可能となるような製品群を開発しています。また、Quantum規格は規格は建設分野で既に使用されているHaystack(ハイスタック)、Brick(ブリック)、BACnet(バックネット)、IFC(アイ エフ シー)などの言語と相互運用が可能で、設計から保守管理まで単一言語での運用が可能です。
自律型ビル管理システムの開発、導入、運用を可能にする製品群
Quantum Explorer (クアンタム エクスプローラー)
Quantum Explorer(クアンタム エクスプローラ)は、建設物の構成要素とそれらのネットワークを検索、ナビゲートするために設計されたソフトウェアです。ブラウザ上で利用可能で、構成要素とそれらの結びつきが認識しやすくなっています。構成要素の全体像を見渡せるオブジェクトブラウザと、各構成要素の詳細を確認できる詳細ブラウザから、各構成要素の存在のあり方(オントロジー)の概要を確認することができます。
Hive Controller (ハイブ コントローラー)
Quantumにより構成された建設物のデジタルツインとその構成要素のライブラリは、Hive Controller (ハイブ コントローラー)と同期することができます。このHive Controllerは、現場で自律的に動作するように設計された12コアプロセッサーのAI搭載エンジンであり、全ての入出力(I/O)を集約して建設物全体を制御することができます。
Cell Modular(セル モジュール)
Cell Modular(セル モジュール)はHive Controllerの背面に設置する入出力(I/O)調整機構です。必要な入出(I/O)を組み合わせることであらゆる建設物のインターフェースを簡単に作成することができます。用途に合わせて4種類のセル、Power Cell(パワーセル)、Relay Cell(リレーセル)、Motor Cell(モーターセル)、Multi Cell(マルチセル)が用意されています。
Swarm Sensor(スワーム センサー)
建設物の状態や居住状況に関するリアルタイムのデータは、Swarm Sensor(スワーム センサー)を通じて収集されます。このセンサーは、PassiveLogicとウィスコンシン州ミドルトンに拠点を置くAutomation Componentsの提携により開発されたもので、人間の快適性に関する8つのパラメータ(気温、放射温度、気圧、音圧、居住環境、室内空気質、二酸化炭素濃度、照度)を監視する小型センサーとなっています。
このセンサーは有線または無線で利用可能で、Hive Controllerと接続されています。
まとめ
いかがでしたか?今回はAIと機械学習による自律型ビル管理システムを提供しているPassiveLogicをご紹介しました。PassiveLogicは自律型のビル管理システムの開発のためのデジタルツイン規格Quantumの開発、及びシステムの開発、導入、運用を可能にするハードウェア製品を多数開発しており、2022年度末までの市場投入が予定されています。
日本のスマートビルディング市場においては竹中工務店が研究開発を進めるデータプラットフォーム「ビルコミ(ビルコミュニケーションシステム)」の事例があります。これは各種設備機器の制御システムやIoTセンサーから取得・収集したデータを活用して設備機器の動作を調整し、建物使用者の活動量に応じて空調を最適化するといったことを可能にするものです。スマートビルディングへの関心が高まる中、PassiveLogicは今後どのように事業を展開していくのでしょうか。今後の動向が注目されます。