- 建設産業において、仮想空間に環境やオブジェクトを再現する技術「デジタルツイン」の活用が進む
- 建設デジタルツインサービスを展開するCUPIX Inc.(キュピックス)は、2020年にシリーズBの資金調達を実施、累計調達額を2030万ドル(約28億8000万円)とした
- 同社は2023年にRICOHやNTTなどと戦略的パートナーシップを締結、世界市場での展開を進める
はじめに
「鉄鋼」は、全世界で製造・使用される金属材料の95%を占め、産業上の重要な位置を占めます。しかし鉄鋼製造は環境負荷も大きく、2018年の実績値で1トンの鉄鋼製造につき1.85トンのCO2を排出、全体では全世界のCO2排出量の7~9%を占め、脱炭素化が最も求められる産業の一つでもあります。
2050年までにカーボンニュートラルを達成するという世界的目標を約したパリ協定は言うまでもなく、例えば自動車業界ではフォルクスワーゲンやトヨタが、サプライヤーも含めたサプライチェーン全体で完全な脱炭素化を進めるといった目標を掲げています。そのため鉄鋼業界において脱炭素化は、今後取り組むべき重要な課題の一つとなっているのです。
今回ご紹介するのは、電気炉を活用して既存の鉄鋼製造過程に比べてCO2排出量を95%削減するスウェーデンの鉄鋼企業、H2 Green Steel(エイチツー グリーン スチール)です。一体どのような企業なのでしょうか。詳しく見ていきましょう。
H2 Green Steel(H2GS)とは?
H2 Green Steelは、2020年にスウェーデンのストックホルムにて創業した製鉄業界のユニコーン企業です。化石燃料の代わりに再生可能エネルギーを活用して製造されたグリーン水素を用いることで、従来の製造法と比べCO2排出量を95%削減します。世界初の化石燃料を使わない製鉄所を、ドイツ、スイス、オーストリアにまたがるボーデン地域に建設し、2025年末までに稼働を予定。2030年度までに年間500万トンの製造能力を確保する計画です。
直近ではプライベートエクイティラウンドで3億ユーロ(約493億円)を調達し、創業4年目にして累計調達額は米ドル換算で109億ドル(約1兆6700億円)にのぼります。直近の調達では、Microsoft Climate Innovation Fund、Mubea Group(ドイツの自動車部品メーカー傘下ファンド)、Siemens Financial Services(シーメンス傘下のファンド)が参画しました。日本からは神戸は神戸製鋼所、日立エナジーが出資しています。
H2 Green Steelが製造する鉄は、その製造過程でCO2を排出しないことから、グリーンスチールと呼ばれます。日本製鉄やアルセロール・ミタルなどの世界的鉄鋼大手も、グリーンスチールの提供を開始しています。
CEOには自動車のVolkswagen Groupの貨物車両メーカーであるSCANIA出身のHenrik Henriksson(ヘンリック ハリソン)氏が2021年5月より就任。CDO(最高デジタル責任者)には、北欧最大のプライベートエクイティファンドEQTのCDOを歴任したOlof Hernell(オロフ ハーネル)氏が就任。さらにMeta管理職経験者やスペインの大型車メーカーIRIZARの元CEOなど、多様な業界から人材が集まっています。
脱炭素化の鍵を握る電気炉とグリーン水素の組み合わせ
H2 Green Steelは、グリーン水素及び電気炉を導入し、工程全体を通して再生可能エネルギー由来の電力を活用することで環境負荷を低減。石炭を用いる従来の製鉄法と比べて95%ものCO2排出量削減を実現します。工程は次の通り。
1つ目の電気分解炉では、再生可能エネルギー由来の電力によって水から水素を取り出します。2つ目のDRリアクターでは、鉄鉱石ペレットを水素と反応させ、鉄鉱石中から酸素と鉄を還元。還元鉄と水を取り出します。3つ目の電気アーク炉では、2つ目の工程で取り出した還元鉄やスクラップ鉄、および炭素を、再生可能エネルギー由来の電力によって熱した炉の中で液状化させて混ぜ合わせ、鋼とスラグ(金属溶融によって分離した原材料由来の物質)を生成します。4つ目の工程では液状の鋼を凝固させ、製品として扱いやすいように平面上にならしたコイルを作成します。最後の仕上げの工程では、最終製品として必要な耐久性や厚みを得るための冷却処理などを行います。
グリーン水素の可能性
グリーン水素とは、再生可能エネルギーに由来する電力を用いて製造される水素のことを指します。製造工程でCO2の排出量を抑制することのできるクリーンな水素で、H2 Green Steelの製鉄工程の脱炭素化において重要な役割を占めています。製鉄過程において水素は鉄鉱石の還元に用いられますが、産業全体でみれば、例えば水素電池などのエネルギー用途に活用することも期待できます。
例えばEUは、2024年までに年間100万トンのグリーン水素を製造し、10年後には1,000万トンまで増加させるというロードマップを描いています。また、国際エネルギー機関(IEA)の世界エネルギー部門ロードマップ『Net Zero by 2050』によれば、2050年までに水素の使用量は現在の6倍に増加し、最終エネルギー消費量の10%を占めるようになるとしています。水素は気候変動対策の鍵となる重要な資源であり、H2 Green Steelのクリーン水素製造能力は今後様々な方面に生かすことができるといえます。
ボーデン地方で建設中の製鉄所
グリーン水素とグリーン鉄の製造を統合した、H2 Green Steelのフラッグシップとなる製鉄所の建設が、ヨーロッパのボーデン湖畔で進められています。水素、鉄、鉄鋼設備の供給契約や、必要な電力の大部分は長期電力購入契約で確保されており、操業初期製造量として年間250万トンのグリーンスチールを見込みます。これらのうち約半分は、5年から7年の拘束力のある顧客契約で販売される見込みです。
直近で発表されたパートナーシップには、フィンランドの空調設備企業Purmo Group、自動車企業のポルシェ、メルセデス=ベンツ、ボルボ、ZF、SCANIA、北欧家具のIKEA、鉄関連企業のRoba Metalsなどが含まれています。これらの企業は同社から鉄材料を購入することを決定しており、このうちメルセデス=ベンツは年間5万トンを購入することを具体的に明らかにしています。以上の先行購買契約は、すでに初期製造量の60%に達しています。
まとめ
いかがでしたか?今回は、電気炉を活用して既存の鉄鋼製造に比べてCO2排出量を95%削減するスウェーデンの鉄鋼企業、H2 Green Steelをご紹介しました。同社は製鉄工程で一巻して再生可能エネルギー由来の電力や水素を活用することで、CO2排出量を抑えることに成功し、製鉄所の稼働が目前に迫まる段階にまできています。同社の今後の展開が注目されます。