CO2排出量ゼロ!製鉄の常識を覆すBoston Metalのイノベーションとは?

画像引用元:Sustainable Japan 「【日本】日本鉄鋼連盟、2100年のCO2排出ゼロに向けたロードマップ発表。超革新的製鉄技術必要」
海外事例
  • 鉄の生産過程で排出されるCO2の総量は年間約30億トン(世界のCO2総排出量の約9%)にのぼり、鉄鋼業全体で省エネルギー化、脱炭素化が必要とされている。
  • 2013年、MIT(マサチューセッツ工科大学:アメリカ合衆国)の研究者らにより、工程が単純でCO2排出量ゼロの製鉄技術が開発された。
  • 同技術の研究開発を進めるBoston Metalは、2019年に商用に耐える製鉄技術を確立し、環境負荷の小さい製鉄技術のさらなる普及を目指している。

はじめに

鉄は私たちの生活にとって最も身近な金属です。どの産業にも欠かせない素材である粗鋼(圧延、鍛造等の加工前の純度の高い鉄)の世界生産量は年間約18.7億トン(2019年時点)で、製鉄の過程で排出されるCO2は約30億トンにも上ります。これは全世界のCO2排出量の9%を占めており、鉄鋼業全体で省エネルギー化、脱炭素化が必要とされています。

本記事で紹介するBoston Metal社はこれまでの製鉄とは異なる方法で粗鋼を生産しており、生産過程で発生する環境負荷を相対的に非常に低い水準に抑制することに成功しています。早速詳しく見ていきましょう。

Boston Metalとは?

Boston Metalは環境負荷の低い製鉄技術「溶融酸化物電解」(Molten oxide electrolysis、以下MOE)をコア技術としてビジネスを展開しているスタートアップで、MIT(マサチューセッツ工科大学)の研究者らを中心として2012年に創業されました。

創業者のAntoine Allanore(アントイン アラノア氏)、Donald Sadoway(ドナルド サドウェイ氏)は両者ともにMITの材料化学研究科の教授で、2013にMOE製鉄の必須条件である高温と腐食に耐える電極の技術開発に成功したとする研究論文を発表しています。

同社が所有するMOE製鉄所は一般的な製鉄所に比べて安価に建設可能で、また製鉄過程だけでなくサプライチェーン全体も効率化できるため、製鉄による環境負荷やコストを抑制することが可能です。

画像引用元:Boston Metal公式ホームページ、創業者のDonald Sadoway氏

また、同社はMOE製鉄技術の開発、及び鉄合金生産技術の商用化を目的として、2019年に大型の資金調達(調達総額未公表)を2回実施しており、製鉄産業の脱炭素化に向けた主要プレイヤーとして注目を集めています。

溶融酸化物電解(Molten oxide electrolysis、以下MOE)とは

自然界に存在する鉄はそのままでは使用に適さない酸化鉄として産出されます。鉄の原料となる鉄鉱石には20~50%ほどの酸化鉄が含まれていますが、ここから純度の高い鉄を取り出すためには、不純物を取り除き、酸素と鉄を分解する工程が必要です。この工程が製鉄です。

画像引用元:一般社団法人 日本鉄鋼連盟 公式ホームページ

現代の製鉄の主流技術は間接製鉄法と呼ばれています。この方法では鉄鉱石から粗鋼を生産するまでに二つの段階があり、一段階目では鉄鉱石をコークス(炭素)と共に高温にさらすことで酸素を除去し(この段階での生産物を銑鉄と呼ぶ)、二段階目では生石灰と共に燃焼させ炭素を除去します(この段階での生産物を粗鋼と呼ぶ)。この二つの工程を経ることで、高純度の鉄を取り出すことができます。しかしこの方法では、燃焼の過程で大量のCO2を排出してしまうことが課題となっていました。

一方MOEを用いた製鉄では、酸化鉄を直接電気分解することで鉄鉱石中の酸素を除去し、鉄鉱石から直接粗鋼を取り出します。間接製鉄法に比べ非常に単純でありながら、この方法では炭素と鉄鉱石を燃焼させる必要がないため、CO2の排出量をゼロにすることが可能です。

画像引用元:Boston Metal 公式ホームページ

これまでMOEによる製鉄は、電気分解の過程で発生する高熱と腐食に電極が耐えられないことから実現できませんでしたが、Boston Metalの創業者両氏は2013年に発表した研究論文の中でクロム合金の一種が電極として使用に耐えることを発見し、その後の研究開発を経て同技術は実用化に至りました。

製鉄の現在

長年変わらぬ製鉄方法

画像引用元:Nature ダイジェスト「環境に優しい電気分解製鉄法」

1800年代以降産業革命によって全世界で鉄の需用量が増加したことを受け、現代の間接製鉄法に用いられる高炉が開発されました。先述の通り同製鉄法では大きな環境負荷が発生してしまいますが、現在に至るまでこの方法が主流となっています。

高炉の他に電炉という、アーク放電によって発生する高熱を利用して鉄廃棄物を溶融し、不純物を取り除く製鉄技術も存在しており、日本では鉄総生産の約30%がこの方法により生産されています。しかし、原料がスクラップ鉄に限られてしまうなど、生産量拡大のためには原料供給の制約が存在しており、環境負荷改善の有力な方法とは言えませんでした。

Boston Metalが見据える未来

鉄の需要量は今後数十年にわたって増加していくことが予想されている一方、生産過程に必要な資源には限りがあり(日本金属学会 「2050年の金属使用量予測」)、今後ますます資源利用効率の高い鉄生産技術が求められることは間違いないでしょう。

MOE技術は製鉄過程におけるCO2排出量ゼロを初めて可能にする技術であり、十分に普及すれば年間20億トンのCO2排出量を削減することができるとされています。Boston MetalはこのMOE技術だけではなく、製鉄所建設及び原料の獲得から製品出荷までのサプライチェーン全てで工程を簡素化することにより鉄鋼業の省エネルギー化、脱炭素化を目指しており、今後は世界各地にMOE製鉄所の建設を進めていくとしています。

まとめ

日本においても、環境効率の高い製鉄技術の研究開発が進められています。新エネルギー・産業技術総合開発機構(以下 NEDO)は2008年より、製鉄過程で発生するCO2を削減する研究開発プロジェクト「環境調和型プロセス技術の開発/水素還元等プロセス技術の開発(COURSE50)」を進めています。

画像引用元:新エネルギー・産業技術総合開発機構 公式ホームページ

同プロジェクトでは、鉄鉱石から鉄を還元する工程でコークスの代わりに水素を用いることでCO2の排出量削減を目指す「水素還元技術」と、CO2を回収し環境負担の少ない物質へと変化させる「CO2分離回収技術」の研究開発が行われており、2007年から2017年までの第1期では実証実験が終了しています。

続く2018年から2025年の第2期では、これらの技術を実高炉に導入し実証試験が行われる予定です。これらの技術を利用した製鉄は2030年までに実用化を開始し、2050年までに国内製鉄所への技術普及を目指すとされています。

これまで数百年の間、技術面での革新が見られなかった製鉄技術は、NEDOやBoston Metalによる研究開発を経て飛躍的な変化の局面に差し掛かっていると言えるでしょう。鉄鋼業の今後の動向がますます期待されます。