- 商業用不動産(CRE)の価値向上のため「不動産リスクマネジメント」の発想がアメリカを中心に広がっている
- アメリカのArchipelago AnalythicsはCREの価値やリスクデータを統合し、AIや機械学習を用いた不動産リスクマネジメントSaaSを展開
- すでに19カ国、2500以上の保険代理店と契約済み。2023年4月には不動産リスクコンサルタント大手のGlobal Risk Consultantsとのパートナーシップ締結を発表
はじめに
企業が事業目的(事務所、テナント、製造所等)で保有する商業用不動産(Corporate Real Estate、以下CRE)の活用と価値向上が、経営戦略において重要であるという視点から、「不動産リスクマネジメント」という発想がアメリカを中心に広がっています。
不動産リスクマネジメントとは、CREの価値やブランドを毀損する変動要因を把握し、そのリスクを低減する活動のこと(注1)。近年の不安定な経済情勢や自然災害の増加から、不動産リスクマネジメントにおける保険業界の役割は大きくなっています。そこでCRE保険市場は年々拡大。市場規模は2022年時点で2,550億ドル(39兆6100億円)、2032年には7,240億ドル(112兆4000億円)に達し、その間の年平均成長率は11.3%と推定されます(注2)。
今回ご紹介するのは、CREの価値やリスクデータを統合し、AIや機械学習を用いてリスクマネジメントを最適化するSaaSを展開する、Archipelago Analytics, Inc.(アーキペラーゴ・アナリティクス、以下Archipelago)です。一体どのような企業なのでしょうか。詳しく見ていきましょう。
注1)中山善夫(2016)「企業経営における不動産リスクマネジメント」『Appraisal & Finance』
注2)株式会社グローバルインフォメーション(2023)「商業用不動産保険市場:補償範囲別、販売チャネル別、企業規模別、業界別:2023年~2032年の世界機会分析と産業予測」
Archipelagoとは?
Archipelagoは2019年にアメリカ合衆国カリフォルニア州サンフランシスコにて創業された、不動産リスクマネジメントSaaS(Software as a Service)を展開するスタートアップです。
2021年4月にシリーズBで3400万ドル(約52億9000万円)を調達し、累計調達額を5720万ドル(約88億9000万円)としました。筆頭株主はサンフランシスコのVCであるScale Venture Partners。そのほか、同じくカリフォルニア州VCであるCanaan Partners、Ignition Partners、コネチカット州のVCで金融分野で実績があるStone Point Capital、ニューヨーク州のVCで不動産分野で実績のあるZigg Capitalが名を連ねています。
Archipelagoの不動産リスク管理SaaSは、CRE所有者、保険業者、保険サービスプロバイダ間でバラバラに共有されていた情報を連携するものです。CREが抱えるリスク要因をAIと機械学習によって分析することで、最適化された保険や投資ポートフォリオを提案します。
すでに19カ国、400件以上のアカウントを保有し、2500以上の保険代理店と提携しています。保険・金融テック関連での知名度も高く、Business Insurance’s 2022 Innovation Awards、 2022 PropTech Breakthrough Awardを受賞しています。
2023年4月には、不動産リスクコンサルタント大手のGlobal Risk Consultants(グローバル・リスク・コンサルタンツ)とのパートナーシップ締結を発表。両社の不動産リスクマネジメントに関するデータ連携やサービス向上へと役立てます。
2023年7月には新CEOとしてAlex Lyashok(アレックス・リャショク)氏が、創業者のHemant Shah(ヘマント・シャー)氏に代わって就任し、Hemant氏が会長に就任しました。 アレックス氏はこれまで、人材テックサービスのMerit Protocol(メリト・プロトコル、2023年に被買収)の経営、金融テックサービスのWorkFusion(ワーク・フュージョン、EPAMに買収)のCTOなどを歴任しています。
不動産リスクマネジメントSaaSの機能
不動産リスクマネジメントの本丸は、CREの建設プロジェクトの特質(地質、設計、構造、建材、設備)や、地域要因(天候、経済、治安)などのデータを統合し、具体的で正確なSOV(Statement of Value、価値評価書)を作成することにあります。
CREの価値変動に関わる要素は上記にリストしたもの以外にも多岐に渡って存在します。例えば、入居事業のビジネス環境、賃貸市場(空室管理)、建物の所有権や借地権、コンプライアンス、会計税務、テナントの信用、従業員の衛生、健康、生産性などがこれにあたります。これらの情報はほとんどの場合一元化されておらず、それぞれのステークホルダーが分散して所有、あるいは管理不全の状態にあります。
そこでArchipelagoは、これらの情報を集約し、AIと機械学習によって最適なSOVを作成する Smarter SOV™(スマーター・SOV)を開発しました。これは顧客がArchipelagoのSaaSプラットフォームにスプレッドシートなどのデータを入力することでリスク情報を整理するとともに、不完全なデータを指摘して自動で補正。CREの価値や潜在的なリスクを正確に推定します。
ステークホルダー間での情報連携を強化
The Archipelago Readiness Report
Archipelagoで作成したSOVを実際のリスク管理に活かすために、ステークホルダー、具体的には保険仲介(ブローカー)、保険引受人(アンダーライター)、CRE所有者間での情報連携を強化する必要があります。
そこでArchipelagoのSaaSは、各ステークホルダーの情報活用と意思決定を推進する評価報告書生成機能を開発。この機能では、COPE(Construction 建設物、Occupancy 入居率、Protection 保護、Exposures エクスポシャー・保険料算出の基礎データ) といった指標に基づいて、顧客ごとのCREポートフォリオを作成します。
評価報告書を確認画面では、それぞれの指標に基づくインサイトが示されているほか、不動産のプライオリタイゼーション(優先度付け)機能などが付与されており、ポートフォリオ上で投資や売却などの戦略上重要な意思決定を必要とする箇所を特定するのに役立ちます。
まとめ
いかがでしたか?今回は不動産リスクマネジメントSaaSを展開するArchipelagoをご紹介しました。ArchipelagoのSmarter SOV™は、CREの価値に変動をもたらす多岐にわたる要因のデータを集約し、AIと機械学習により最適なSOV(価値評価書)を作成します。
また、保険仲介、保険引受人、CRE所有者などの、ステークホルダー間での連携を強化し、CREの価値向上をサポートしています。同社は今後どのように事業を展開していくのでしょうか。今後の動向が注目されます。